第12話 人間だから

――学園内講堂


 ここは学校内で最も大きい建物で、主に行事や、学校全生徒、六百名を集める時に使われている場所である。

 今そこには、平民の学生全員とルイス派閥の貴族が、ロイドの呼びかけで集まっていた。


「まさか貴族の呼びかけに全員が応じるとは……」

「いや、平民達は集まったと言うより従ったと言う方が正しいだろう。貴族には逆らわない様、徹底されている、カイルの指導は見事なものだ」


 ロイドはこの光景を見て皮肉を吐いた。

 ここにいる平民の学生は、みな静かに指示を待っている様に見える。誰一人会話をしようとしない、全員ただこちらの動きを窺っているようだった。


 ロイドはこれで全員である事を確認すると、講堂にある舞台の前に立ち、みんなに伝わる様な大きな声で話を切り出した。


「皆、今回は私の呼びかけによく集まってくれた、私はルイス公爵家の長男、ロイド・ルイスだ。今日皆を集めたのは他でもない、今の学校の現状についてだ、皆はこの現状をどう思う?今この学校では貴族と平民の完全な差別化がされていて、君たち平民は貴族たちに抑圧された形となっている。私はこの状態を以前の学校の形態に戻したいと思っている。どうして貴族である私が?と思っている人もいるだろう、確かに私は貴族であり、君たちとは身分は違う、だがこの学校で共に過ごしてきた友たちは平民から貴族まで身分とらわれずにいる。私は以前のように平民と貴族が対等に話ができる関係に戻したいと思っている。そのために君たちの力を貸してはくれないだろうか!」


 ロイドは話を一度区切ると、周りの反応を窺う。

 隣の者達と少し話し合っている様だがあまりいい反応とは言えない。やはりカイルの前に怖じ気付いているのであろうか?


 ロイドは引き続き話を進める。


「確かにこの現状を作り出したモールズは強力だ、力もあり権力もある。だが、こちらにはモールズと対等の権力がある私がいる!私が君たちを阻害する権力の力を薙ぎ払ってくれよう!そして戦力としては、ここには騎士を志し、この学校に集まってきた、四百八十七名もの戦士がいる。例えどれだけ相手が屈強だろうと皆で団結すればきっと打ち勝てるはずだ!」


 ロイドは話を終えると、もう一度、皆の様子を見る。皆は考え込んでいるのか沈黙が続いている。

 すると一人の学生が弱々しい手を挙げた。


「すみません……その……本当に勝てるのでしょうか?モールズに……たった四百ぽっちの人数で……」


 ロイドは学生の一言に思わず返す言葉を失ってしまう。

 四百の人数をぽっちと称してしまう彼の一言に……、一体彼はどれだけの力をみせられだと言うのだ。


 これに対して、ロイドに反論する言葉はない、何故ならロイドはカイルの戦いを見たことがない、ここにいる者たちは、ロイドがいない間にずっとカイルと戦ってきた者たちだ。


 そんな彼らの意見に返す言葉などロイドは持ち合わせていなかった。

 そして一人手を挙げた事で周りからの声もポツポツとでしめてきた。


「味方の貴族というが、本当に味方なのか?味方のふりをして俺たちの動きをモールズ報告するんじゃないのか?」

「そんなことは……」

「大体、あんたたち貴族はモールズになにもされてないじゃないか!だからそんな楽観的なことが言えるんじゃないのか?」

「それは言えてる、この呼びかけに応じて、もし戦いになっても、貴族たちは、なにもされないかもしれないしな。」

「どうせ、いう事さえ聞けば、酷い目に合わされることはないんだ、わざわざ寝ている竜を起こすようなマネしなくていいじゃないか」


 次々と出てくる弱気な声に段々周りの空気も沈んでいく


――やはり駄目なのか?


 消極的な意見が飛び交う中、一人の少年が力強く、声を上げた。


「俺は嫌だ、……このまま何もしないで終わるなんて、俺は絶対嫌だ!」


 はっきりとした言葉で言った声に他の平民が反感の目を向ける。


 ……が、その声の主を見た途端、反感の目は同情の眼へと変わった。いや、正確に言えばその顔だ。

 少年の顔を見て目に行くのは、痛々しくつけられた鉄板の補強具だ。

 

 ――そうか……この子が……


 レオン・ブライアン、


 今は亡きレギオスの弟であり、一番初めにカイルに立ち向かった男だ。

 あの時に砕かれた顔の骨は戻ることはなく、あれから半年の月日が流れた今も、補強具を外すと頰が垂れてくる状態だ。本来なら関わりたくないだろう者が、一番に立ち向かうことに賛成したのだ。


「奴は悔しいけど、俺一人でどうにかできる相手じゃない……でももし、どうにかできる機会があるなら俺はそれに賭けたい、例え負けてもっと酷い目にあったとしてもだ!」


 彼の力強い思いはさっきまで弱音を呟いてた者たちの言葉を奪い去った。そして平民たちの間に、今一度沈黙が起こった。


「君はレオンだね、レギオスの弟の……」

「はい、そうです。けど、初めに言っておきますが俺は兄貴の敵討ちをしたいなんて考えは、これっぽっちも持っていません!」


 周りから同情の眼で見られてると気づくと、レオンはその思いを拒絶した。


「確かに兄貴を殺したのはモールズですが、あれは正式な決闘での結果です。恨みはありません、強いていうなら、決闘を差し向けた人達を恨みます、ですがその人達もちゃんと責任を取り、命を絶ちました。だから兄貴に関することでは、何のしがらみもありません。」


 レオンは真っすぐな眼で力強く言い切った、さすが将軍の血を引く、武人らしい言葉だとロイドは感心した。


「……なら、なんでそこまで立ち向かおうとするんだ?今度は殺されるかもしれないぞ?」


 尋ねた学生にレオンが視線を向けると学生はその目力に思わず怯む、するとレオンは一度瞼を閉じると純粋な目で彼を見て言った。


「人間だからです。」


 その言葉に皆が呆けた顔をする、そして今度は別の男が名乗り出る


「俺も戦う……俺はモールズというよりベルモンドの妹にやられた者だけど、ボコボコにされて、もう関わりたくないと思っていた。でもそいつの言葉を聞いて考えが変わったよ、俺はもう一度あいつ等に立ち向かう。俺は皆が堂々と……例え盲目で何も見えない人でも堂々と歩ける学校を作りたい。」

「レオンがやるならもちろん僕も!前は突然すぎて見てることしかできなかったけど今度はレオンと二人で立ち向かうよ!」


 レオンに感化された二人、高等部一年、剣士、バジル・クレンツとレオンの幼馴染で相棒である中等部三年魔法使い《キャスター》、トート・グリンが立ち向かうことに名乗りを上げた。


 そして彼らが名乗りを上げた後、他の者達もポツリポツリ手を挙げ始め、それは伝染していき、それは合唱となった。


「そうだ、いつまでもこうしたって変わらねえ!」

「俺は騎士や戦士を目指してここに入ったんだった、そんなこともすっかり忘れていたよ。」

「痛めつけられた時は、すごく辛かった、でもだからこそ思った、私は治癒術師になって傷ついた人を治してあげたいと」

「凄い……」


 この皆の状況を見てロゼが呟いた、だがそれは自然なことだ、きっと他の誰が見ても思うだろう。

 さっきまで消沈していた面影は全くない、今は一人一人が戦士に変わっているのだ。


――カイル、これをお前は止められるか?きっと、どう痛めつけようとも平民たちはひれ伏したりしないぞ。


 ロイドは心の中で呟くと不敵に笑った。そして強く決意した。


――お前に教えてやる、力と権力だけで思い通りにならない事を……例え命を削ってでもな!


 ロイドは決意とともにその拳を高く掲げた、それと同時にここにいる総勢四百八十七名の者達の雄たけびが講堂の外まで響き渡った。

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