第8話 決闘

学校の近くにある小さな森に今、その男はいた。


 森に引きこもり、肩まで伸びたボサボサの髪と、顎に微かな無精髭を蓄え、学生にはあまり見えない容姿になりながらも、ひたすら剣を振っていた。

 周りにはこの森に棲むゴブリンからオークといった様々なモンスターの死骸が散らばっている。


レギオス・ブライアン


 騎士団学校高等部三年、王国最強と名高いグランツ将軍を父に持つ。

 生真面目で正義感の強い、父親とは違い、自由奔放で面倒くさがりな性格のレギオスは今まで努力と言う努力はしたことが無かった。


 ただ、それでも将軍の血を引いていたレギオスは他の誰よりも強かった。

 空いた日に強制的にやらされる父との稽古の中で、感覚をつかみ、技を覚える。

 実戦の中で飛躍的に成長する天才肌、そんな彼が今、血も滲み出るような努力を重ねている。

 今、倒そうとしている相手は才能だけでは勝てないとわかっているからだ。


カイル・モールズ、

 学校に突如現れた悪魔のような貴族の子供。平民を家畜と言い張り、力で平民を貴族に平伏させる。

 姿はまだ学校に入りたてで、幼さの残る子供だが、そんな見た目とは裏腹に剣の実力は並のレベルではなく、思考はそこらの悪徳貴族にも劣らぬ持ち主だった。


そしてそんなカイルの事をレギオスは前から知っていた。

 父に聞かされたからだ、普段は聞き流す父の言葉をレギオスは六年たった今でも覚えていた。


「カイル・モールズは神に選ばれた子だ。あの子の前では私の実力など霞んで見え、お前の才能すら凡人に見える」と


 他人の子供でも、褒めることが少ない、父が言った言葉を彼はずっと覚えていた。レギオスも本来ならカイルと戦うのを断っていただろう。

 

はっきり言って困っている人のために、わざわざ揉め事に首を突っ込むようなお人よしじゃない。

 言うことさえ聞けば何もされないのなら、従う方がいいと思っただろう。

 

 だが今回だけは引く訳にはいかなかった。弟、レオンのためにも。

 

 才能を受け継いだ自分とは違い、レオンは決して腕がいいと言えるものではなかった。だが父親から受け継いだ正義感と真面目な性格で、レギオスのしなかった分もの努力で親の名に恥じない実力を身に付け、中等部のトップまで上り詰めた。


 実力こそ、レギオスの方が上だが、レギオスはそんなレオンに密かな尊敬を抱いていた。

 父の後を追うのは俺じゃない、レオンに任せよう、そして自分は学校をでたら世界を見るために旅に出よう、そう思っていた。


 しかしそんな矢先に知らされたレオンの敗北、レオンの無残な姿レギオスはただ立ち尽くすしかなかった。

 受けたのはたった一撃、だがその一発は余りにも強く、命には関わりはしなかったが。砕けた骨が戻るのは困難で、完治したところで補強具が取れることはないと言われた。


 話によれば、仕掛けたのはレオンからだったという、そのことがきっかけでカイルが粛清を始めたのではないかという声も上がり、矛先をレオンに向けるものも少なくなかった。


――全く、あのバカは、首に突っ込まなければよかったのに

 そう思いながらもレギオスはレオンに代わり、カイルに立ち向かう。


 予定していた倍の回数の剣を振るい終わるとレギオスは座り込み一息つく。ちょうどそこに一人の青年がやってくる。


ミラン・カーミル

 平民の高等部三年でレギオスの親友。

 カイルの独裁に対抗するために平民をまとめ上げている、いわば平民のリーダーの様な男。

 剣の腕はからっきしだが、その統率力から、王国の兵士として内定を持っていたが、カイルに反抗したため取り消しになっていた。


「調子はどうだ?レギオス。」

「どうもこうもねーよ。ミラン、今更こんなことしたって勝てるもんじゃないだろ」


 そう言うとレギオスはダルそうに息を吐く。

 

「学校の様子はどうなんだ?」

「ああ、一応皆には今は大人しく従うように言ってある、幸い、従いさえすれば本当に何もしてこないらしいからな」


 その言葉を聞いてホッとする。もし、何かされるのであればこんなに悠長に修行なんてできない。


「だが、それはあくまで、学校の中での話だ、今の向こうの目的は平民に抵抗する考えをなくすのが目的、いわば調教段階だ。もし奴が卒業し、野に放たれたのなら領地の民たちは、さらに酷い仕打ちを受ける。」

「しかしどうやって勝つつもりだ?はっきり言って今更こんな修行したところで勝てる要素なんて全くないぞ?」


 レギオスは魔法で記録したカイルの戦いを見ていた、そして絶句した。


 上級の剣術を、まるで基本動作のように使い、四方八方からの攻撃もかすりもしない、それどころか常に近くにいるベルモンド兄妹相手にも苦戦しているくらいだ。


 はっきり言って、数で押し通せる相手でも奇襲をかけてどうにかできる相手でもない。……というよりそれらはすべて行い失敗している。


「隙ならたくさんある。向こうは自分の力に溺れている分、考えて戦おうとしない、いわば知性のないモンスターと一緒だ」

「モンスターか、ふさわしい例えだな」


 レギオスは力なく笑う。


「で?俺は何をすればいい?」

「モールズに一撃をいれる、それだけだ」

「それだけのために何ヵ月も山にこもって修行かよ」

「だがそれだけの相手だ。」


ミランの言葉をレギオスは否定しない。実際これだけ修行しても、剣を掠らせることができるかも怪しい


「こちら側についてくれている貴族の話で分かっている奴の情報は、魔法が使えないことと、すべての基本剣術が使えることだ。」

「……すべての剣術か……逃げ出したくなるな」


 レギオスは冗談交じりでつぶやく。

 実際、何度も逃げ出そうと考えたことがあった。

 だがそう思う耽美に聞かされる学校の現状。

 今回も盲目の少女が痛めつけられ、それに怒った一人が返り討ちにあったと聞かされ、レギオスは剣を振り続けた。


――所詮俺もグランツの息子が


 レギオスは自分の中にあった正義感に気付き、改めて実感する。


「しかしどうやって一撃を入れるかだな」


 全ての剣術が使えるということは、自分の使う剣技も知っているだろう。向こうのステータスなら知ってる剣技を見切るのも容易いはず。


――なら奴に剣を届かせるには見たことない技


「あれをやってみるか……」


 レギオスは剣を見つめ、ふたたび立ち上がり剣を振り始めた。




――

 レギオスの情報を聞いてから二ヵ月、未だにレギオスが学校に来たという情報はない。

 ちょうどその日辺りから平民たちの抵抗も無くなり始め、今は何事もない時間を過ごしていた。


「平民たちもずいぶん大人しくなったな。まあ、それに越したことはないか」

「やはりレギオスが逃げ出して、諦めたのでしょうか?」

「私にはそうは思えない、平民たちの中には、依然私たちに犯行的な眼をする輩もいるわ。あれは諦めてる目じゃない」


 自分の意見を妹に否定されてオズワルトは少しムッとする。


「それはベルベットの思い違いでは?」

「……いや、そうではなさそうだぞ?」


 隣を歩いていたカイルが立ち止まり呟く。

 そして前には茶色い制服を着た学生数人が、立ちふさがるようにたたずんでいた。


「……久しぶりだな、平民が立っている姿を見るのは」


 カイルは久々に見る光景にクスリと笑う。


「おい貴様ら、平民の分際で我らの前に建つとはいい度胸をしているな」

「……お前がカイル・モールズか、生で見るとただの生意気そうなガキだな。」


 オズワルトの声を無視してカイルに話しかける小汚い男に、オズワルトは苛立ち、すぐさま、剣を突き出す。


 ……が剣を出したと同時にその剣は後ろに弾かれた、


「な……⁉」

ハヤブサか……学生で俺以外で使うやつがいるとはな」


 隼は剣を振る動作をみせぬ速度で繰り出す剣技。基本剣術の上級技だ。

 この学校で使えるやつはカイルを除いけば一人しかいない。


「お前がグランツの子供か、他の奴らよりは強そうだがやはり強いと言ってもその程度か……」


 カイルはさっきの動きで相手の実力を測った、確かにこの学園内ではずば抜けて強い。だがそれでも自分の相手にはならないと判断した。


「お前に決闘を申し込みたい」

「決闘だと?」

「ああ、一対一の、それも真剣を使ったな」


 その言葉にカイルは思わず目を細める。

 カイルは今まで人を斬ったことがない、いや、人どころかモンスターすら斬っていない。


 真剣で決闘というのは稽古なんかとは訳が違う、最悪死亡したところで罪に問われることもない。

 カイルはずっと前から考えていた、自分に生物を斬れるのかを……そしてそれを確かめるチャンスがやって来た。


「俺が勝てば、今後一切平民たちに関わらないと約束しろ。」

「フフ……いいだろう。今後逆らう気力が出ないほどの絶望を見せてやる。」


 カイルが不気味なくらいの無邪気な笑顔で返答を返した。

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