第9話 漣と死送

学校側から用意された即席の闘技場、そこには学校の全生徒が集まっていた。

 行なわれるのは、学校での平民の尊厳をかけた戦い。まだ戦う者すら集まってないリングに、大きな怒号と歓声が送られている。


「でかい声だな……」


 待合室として用意された教室にまで聞こえる声に、レギオスは身震いする。その声の大きさが自分にどれだけの期待を寄せられているのかがわかる。


 もし負ければ今度こそ平民は貴族の支配下に置かれる。

 そして自分はここで命を落とす可能性だって十二分にある。

 そう思うとレギオスの震えは止まることがなかった。


「大丈夫、勝てるさ」


 震える、自分を落ち着かせるようにミランが肩を叩く。


「……なんて、戦わない俺が言うのは無神経だったかな?」

「いや、俺は自分が勝てる自信が持てない、だから他に言ってくれる人がいるのはありがたい」

「そっか……」


そういうとミランは儚げに笑った。


「そういや、これを持ってきたんだった」


 そう言うとミランは袋から少し、いびつな形をした剣と光り輝く防具を渡す。


「これは?」

「平民の皆が密かに用意していた武具だ、独自のルートから材料集めて、知り合いの伝を渉って名のある鍛冶職人に作ってもらったんだ。性能はかなり高い、スキルもついている。例え実力に差があってもある程度は武具で補える、幸い向こうは防具は付けないみたいだしな。」


 レギオスは平民の期待をを噛みしめ、防具を付け剣を振る。


「どちらも軽いな、その割に丈夫そうだ。」

「当り前だ、そしてその剣にもスキルが付いている、その剣での攻撃を奴に当てられれば勝負はつく。過って刃に触るなよ?」


 レギオスは改めて剣をマジマジと見る、見た目でわかるほど歪な形の剣だ。

 材質も決して、簡単に手に入るものではない、きっとこれにはたくさんの平民たちの思いが詰まっているのだろう。


「……すまない」

「おい、いきなりどうした?」

「お前にこんな役をやらせてしまって、本来ならお前はこういう話に乗らないだろ?ぶっちゃけ断られる覚悟はしてたんだ。」

「へ、俺も弟がやられてんだ、兄としては黙ってられっかよ。」


そういってレギオスは平気そうな素振りを見せる、しかし、レギオスを知るミランにはその表情の裏でどれだけ無理をしているのかを知っていた。


「この戦い、もしお前が死んだら俺も腹を切るつもりだ。いや、俺だけじゃない。他の奴らもそう考えてる。」

「へ、なら尚更負けられねえな。」


 レギオスは不敵に笑うと剣を鞘に納め、勢いよく立ち上がる。


「そろそろ時間か……健闘を祈る。」

「おう、声援よろしく頼むぜ」


 レギオスは、教室から出ると一度大きく深呼吸をする、そして決意を固めると戦いのリングへと向かった。

 


――

 簡単に作られたリング……と言ってもあるのは整備がされた地面だ。

学生たちが囲うその場に出ると、それと同時にさっきまでの倍の歓声が飛び交った。


「頼むレギオス!モールズを倒してくれー!」

「私たちに希望の光を」


 次々と飛び交う声援、そしてわざわざ作られたパネルに書かれた言葉に目が行く。


 『私たちは家畜じゃない。』


 その文字にレギオスは力強くこぶしを握る。


「随分とでかい耳障りな応援だな。」

「それだけお前を倒したいのさ」


 緊張しているレギオスとは対照的に余裕の笑みを見せながらやって来る。


「これだけ声が大きいのは本当は勝てるとは思っていないからだ。余裕がないから必死になる。」

「お前は負けると思わないのか?」

「思わない。」


――即答か、その有り余る自信を是非分けてもらいたい。


「そうかよ、ならその余裕の表情を、真っ青に変えてやるぜ!」


 ゴングが鳴ると同時に、レギオスはカイルへと速攻で突っ込む、そして近づき剣を振ろうとしたところで止まる。 目の前に来たところで、とてつもない悪寒がレギオスによぎった。


――っ⁉駄目だ、今突っ込んだらやられる。


 レギオスはとっさに立ち止まると、後ろに跳んで距離を置く。


「……さすがに他の奴らとは違うな、そのまま突っ込んできたらカウンターでその顔を真っ二つにしてやろうと思ったのに」


 カイルが不敵に笑うとレギオスは苛立ちを覚えた。

 そのやりかたはレオンがやられた時と一緒。


――こいつわざと弟の時と同じ攻撃を?


「思ったよりあっさりできたな……よし、じゃあどんどん攻撃するから精々頑張って避けろよ?」


 そう言うとカイルはまるで息を吐くかのように大量の斬撃を繰り出してきた。


――こいつ……なんて攻撃を⁉


 レギオスは必死で避けるも、その数の多さに少しずつ傷を増やしていく。


――クソ、避けるだけじゃ埒が明かねえ


 レギオスは剣を盾にしながら、カイルへの距離を詰めていく。その分攻撃が当たる数が増えるが、防具のおかげでダメージはほとんどない。


 カイルがなにやら悪戯っぽく笑うと、地面をこつんと剣で叩いて後ろに後退していく。


――?


レギオスは訳が分からないまま詰め寄っていくが、レギオスがちょうどカイルが叩いた地面に近づいたとき、その地面が突如崩れ始めた。


「な⁉」


 崩れた地面に思わず躓き、態勢を崩した瞬間、引いていたカイルが一転してきて剣でレギオスを突き刺した。

 剣を突き刺されたレギオスはその風圧と共に遠くまで弾き飛ばされる。


「レギオス⁉」


 吹き飛ばされたレギオスを見て平民たちから悲鳴が、貴族からは歓声が聞こえた。




――……あっぶねえ


 レギオスは少しふらつきながら立ち上がる。体を見てみると攻撃を受けた部分は防具に穴が開いているが、体は無傷でいた。


「……思ったよりしぶといな」


カイルが不服そうに剣を見つめる。


「平民が団結して作った防具をなめんなよ、お前ら貴族みたいに金でものを言わすのじゃなくて、それぞれの思いが詰まってんだ、そう簡単に貫けるかよ。」

「……そうか。まあいいさ、それよりさっき俺が何をやったかわかったか?」


 そう言うとカイルはまた地面をたたく。見た目には何の変化もない、しかしその部分を足で触れた瞬間、先ほどと同じように叩いたところが一気に崩れ始めた。


「……断砕波か」

「正解、この技は、外面を傷つけずにに内部を破壊する剣技、こういう使い方もあるって事さ」

「上級技をトラップ替わりかよ」


 本来この技は、盾やバリアなどの防御をかわして直接攻撃する技、あんなものを使われれば、たとえこの防具を着ていようとも意味がないだろう、だがカイルはそれをせずに罠用に技を使った。完全に舐められている。


「次はこれだ、かまいたち」


 カイルは先ほどと、なんの変哲もない斬撃を飛ばす。


「見た目は普通の斬撃と変わらない、これの特徴は、当たっても痛みを感じないことだ、だから当たって傷ができても気づかないことが多い」


 そう説明すると、カイルはかまいたちを無数に繰り出し、レギオスを襲う。


「クソ、舐めやがって!」


 ……だがそれでいい、そうして油断している方がチャンスはある、レギオスは戦いながら攻撃を当てる隙をうかがう。そして少しずつ、そのチャンスが迫る。





 ……レギオスとカイルの激しい攻防に地面はボロボロになっていた。


「はあはあ……」


 流石に戦い続けたせいかレギオスは息が上がっている。一方カイルの方は息一つ乱れていない。


「……化け物め」

「ああ、よく言われるよ。」


 皮肉を笑って返される。

 レギオスは一度距離を置くと周辺を見渡す。周りのあちこちの地面は攻撃に荒れ果てていた。


――そろそろか


 レギオスは手に力を込め、覚悟を決める。


「しかしカイル・モールズも大したことないな。もっとあっさり負けると思ってたんだけどなぁ」

「せっかく観客がいるんだ、少しは盛り上げてやらないとな、逆に俺はお前を評価するよ、この期に及んでまだ倒れないとはな」

「お褒めの言葉ありがとよ、だがその余裕が前の命取りだぜ」


 レギオスは目を瞑り集中すると剣を高く掲げ、そして勢いよく地面へと叩き付けた

 叩きつけた剣から四つの斬撃が地面を伝ってカイルに向かって放たれた。

 カイルはその斬撃を悠々と避けた。


 ……が


 斬撃は戦いで地面のへこんだ部分や穴の空いた部分に当たると方向を大きく軌道を変え、カイルの方へ向かってきた。


「なんだこの技は⁉︎」


 不規則な軌道で動く斬撃が、カイルの身体を掠めた。


「どうだ?貴様を倒すために生み出した技、『さざなみ』だ。地面の状態で不規則で変化する斬撃、どうだ、これなら避けられまい」


 余裕を見せていたカイルにの表情が変わる、今まで傷つくことがなく、初めて味わう痛みにカイルが表情を歪ませる。


「見くびるなよ!」


 カイルが剣を目の前に掲げ目を瞑ったあと、その剣で地面に円を描く、するとその円から青白い光の壁のようなものが出ていきカイルを守るように囲った。

 そしてすべての斬撃を防いでいった。


――なんだ今の技?本でも乗ってなかったぞ


 驚いてるのが顔に出ていたレギオスにカイルが説明する。


「ベルセイン流剣技、円帝だ。剣から気を注いで気の防壁を張る。魔法は防げないが斬撃ならすべて防げる。」

「べ、ベルセイン流だと⁉」


 ――五大剣術の中で最難関の剣術、そんな技まで覚えているのか⁉


 想像を超えた実力を見たせいか、レギオスは額に大量の汗が流れる。


「さて、なかなかいい技だな、思わぬ掘り出し物を覚えたよ。」


 そう言うとカイルは地面を叩く、すると斬撃が地面を伝い、そしてレギオスと同じくその斬撃は荒れた地面を飛び交った。


 「今のは漣⁉︎馬鹿な⁉あの一瞬で覚えたというのか⁉」


 この技は何年も前から密かに考えていて、ここ数か月山にこもって修行して初めて使えた剣技、それを理論も知らずに一瞬で⁉


――こいつ……特殊スキルの持ち主か!

 

この世界におけるスキルは様々にある。武器を装備することで使えるスキルや、修行や戦いで覚えられるスキル。

 そしてその中でも稀に使えるようになる、その者専用のスキル、それが特殊スキル。

 大体歴史に出てくる伝説の英雄たちは特殊スキルを持っていた。


 「さて、そろそろ終わりが近づいてきているようだな」


 カイルが不敵な笑顔を受かべるとゆっくり近づいてくる。

 

――落ち着け、攻撃は当たったんだ、なら大丈夫なはずだ。


 レギオスは呼吸を速め、早くなる鼓動をゆっくりと落ち着かせる


「……へ、俺の攻撃はまだ終わっちゃいないさ」

「フン、戯言を」


 そう言って一歩一歩近づいていたカイルが急にピタリと立ち止まる。いや正確に言うと体が動かなくなった。


「な、なんだこれは」


カイルが必死でもがくが体はピクリとも動かない。


「俺の剣は、スキルでパラライの魔法が付いてるんだ、この剣で攻撃を受ければ麻痺状態になる、確率は低いが無防備相手には起こる可能性は高い」

「まさか、このための真剣の勝負を⁉」

「さあ、ここからは俺がお前を叩く番だ、安心しろ。殺しはしない、だが今まで平民が受けた分の痛みは受けてもらうぞ」


 逆転した状況に一気に周りの歓声がヒートアップする、周りも皆勝ちを確信したようだ。


「フフフ、流石だな」

「褒め言葉、ありがとよ」

「いや、よくそんな体で今まで持ったもんだ」

「は?何を言って……」


 そう言おうとした途端、レギオスは力が一気に抜けるような衝撃が起こり、地面に膝をつく。


「な、なにが起きて……!」


レギオスは自分の身体を見て青ざめる、

自分の鎧の下からまるで、コップからあふれたように大量の血がこぼれていた。


「こ、こんな……いつの間に?」

「はじめからさ、お前が突撃したときにな」

「そんな訳……あの時攻撃は受けていないはず⁉」


 そう、あの時レギオスはとっさに立ち止まり攻撃はくらってなかった。


「お前、隼ってどういう剣術か知ってるよな?」


 隼……一切モーションを見せない速度で繰り出す剣技。昨日、カイルの前で使った技だ。


「それが……なんだというのだ?」


 傷ついてることを自覚し始めたからか、感じなかった痛みが一気にレギオスを襲い始めた。


「次に俺がさっき使った断砕波とかまいたち、俺がさっきなんで態々技の説明したかわかるか?」


 断砕波とかまいたち……特徴外面を傷つけずに内部を傷つけることと痛みを感じさせずに傷つける剣術……


「ま……さ……か」

「そう、俺があの時使ったのは隼、断砕波、かまいたちを組み合わせた奥義、『死送しおくり』自分が攻撃を受けたことも分からずじわじわと命を削っていく剣術だ。初めの攻撃でお前の腹に一本切れ目を入れた、あとはお前が激しく動けば動くほど傷口が開き血が流れる。なかなか面白いだろ?まあ、ここまで粘られるとは思わなかったが。」

「そ、そんな剣術を組み合わせるなんて、そんなことを……」


 ――これもスキルの力なのか……


 ここでレギオスは初めて理解する、この戦いに勝利という言葉はなかったことに。

 圧倒的すぎる実力の差、もはや同じ人とすら思えない。

 流しすぎた血に意識がゆっくり霞んでいく。


「化け……物……め……」


そう言い放ち、意識が途切れ、倒れこんだレギオスにカイルが見下しながら呟く。


「ああ、よく言われるよ……」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る