Converse Sky~優月兄弟の電話~
「もしもし、蓮二か?」
『俺以外に誰がいるっていうんだよ。ってか、何の用だ』
「まぁ、そう言うな。元気にしてるかと思って、兄貴なりに一応心配してやってるんじゃねぇか」
『あぁ、そうですか。それはありがとうございますねぇ』
「相っっっ変わらず可愛くない奴だなぁ」
『ほっとけ』
「ふん。……それより、大学の方はどうだ」
『どうって、別に変わったことはねぇよ。強いて言えば、もうすぐ医師国家試験があるぐらいか』
「合格できそうか」
『どうだろうな。過去問を解いてると、そこそこ手ごたえもなくはないかなって感じだが』
「とか言って、サラッと合格しちまうんだろう。お前のことだからさ」
『嫌味っぽく言うが、そういうお前だって教員採用試験に新卒であっさり合格しただろうが』
「あれはたまたまだよ。運が良かっただけだ」
『兄貴のくせに謙遜なんて、一体どこで覚えてきやがった』
「俺みたいな大人が生きるためには、譲歩だって覚えておかなきゃいけねぇんだよ。お前みたいなガキと違ってな」
『俺はもう立派な大人だ』
「何を言ってやがる。俺の前では、まだまだ子供だろうが。大体お前、俺と何歳離れてると思ってんだよ」
『精神年齢はそんなに離れてねぇはずだ』
「言ってろ」
『ったく……。というか、そういうお前こそどうなんだよ』
「どうって?」
『話の流れでわかんだろ。近況だよ』
「んー……改めてそう聞かれても、特に答えられるようなことはないかな。受け持つ相手が高校生から中学生に変わったといっても、結局同じ学校だからほぼ作りは一緒だし、新鮮味もねぇというか」
『そんなもんかね』
「そんなもんだよ。……あぁ、そういえば」
『何だ?』
「俺の受け持っているクラスに、妃芽の妹がいる」
『えっ……』
「朝倉李桜っていうんだが、ソイツもまた妃芽とは違う意味で手のかかる奴でな。授業はサボるわ、面談はすっぽかすわ、提出物は出さねぇわ……まぁ、テストだけはちゃんとやってくれるけどな。何気に高得点叩きだしやがるし、親もそれで満足してんのか何も言わねぇ。だから俺も、下手に口を出せねぇんだ」
『それはまた、面倒くさそうな……流石は妃芽さんの妹だ』
「それで俺も、放任することにしたわけ。さすがに高校だと留年が掛かってくるから指導しなきゃまずいけど、幸いにもまだ中学だし、おまけにここは中高一貫校だ。お前みたいに特別学科に進学するんならテストも必要だけど、普通科に進学するつもりなら別に何しなくても持ち上がりで進学できるしな」
『お前らしいや。……少し、その子の将来が心配にもなるが』
「ハハッ、お前もアイツのことを心配してくれてるのか。……でもまぁ、大丈夫なんじゃねぇか。李桜はやれば出来る奴だから。それに」
『それに?』
「あいつには最近、信用できる奴が出来たらしい」
『お前じゃなくて?』
「そう、俺じゃない。アイツにとっての俺は、恐らく単なる話し相手に過ぎないだろうな。授業の空き時間にふらっと屋上へ行くことがあるんだが、その時にちょっと話し相手になってくれるぐらいのもんだ」
『ふぅん……じゃあ、誰なんだよ』
「うちのクラスの委員長だ。クラスの風紀がどうたらと言いながら息まいて屋上へ向かったはいいが、すっかり意気投合しちまったらしい。李桜の方も、ソイツのことをえらく気に入ったみたいでな。最近では、たまにだが授業に出てくるようにもなったよ」
『へぇ、そういうこともあるんだな』
「俺もびっくりしたさ。まさかあの迷惑な自由人が、一人の人間にあれほどまでに執着するようになるとは思わなかった」
『自由人だからこそ、なんじゃないか』
「……そうかも、しれないな」
『かつての俺たちと妃芽さんが、そうだったように』
「あぁ」
『彼女たちも、いずれはそうなってしまうんだろうか』
「……」
『兄貴……俺は最近、思うんだ。俺たち三人の関係は、一体何だったんだろうって。本当に妃芽さんが言ったような、ただ依存し合うだけの関係だったんだろうか、って』
「依存、か。確かに妃芽は、俺たち三人の間にある物を、そういう風に思っていたんだろう。……いや、今でもそう思っている、と言った方が正しいだろうけど」
『今でも……?』
「妃芽に壁を作られたのは、お前だけじゃねぇんだよ。最近は俺も、アイツと連絡を取っていない。妃芽が拒絶していると、分かっちまったから。最後に電話を掛けた時に、アイツは遠まわしに拒絶の言葉を吐いたんだ。俺たちの間にあったはずの、教師と生徒という関係すらも、アイツは断ち切って行ってしまった」
『だから妃芽さんは、今でも俺に……俺たちに、会ってくれないのか。声すら聴かせてくれないのか。存在を覚えていることすらも……許しては、くれないのか』
「そうなんだろうな。……今でもアイツは、俺たちの間にある物を依存だと思い込み、それを一生懸命断ち切ろうとしている。俺たち三人の間の関係も、俺たちがアイツと作った思い出の数々も、全部」
『じゃあ……いっそ、出会わなければよかった』
「……俺はそれでも、アイツに出会えてよかったと思ってるよ」
『そう、か?』
「アイツがいなかったら、今の俺はなかったかもしれないと……そう、思うから。蓮二。お前だって、そう思わないか」
『……』
「アイツに出会って、俺の価値観も、生き方も、ガラリと変わった。何て言うのかな……世界の見方が、変わったというか」
『俺も、そうかもしれない』
「そうだろう? だからさ……いくらアイツの中で俺たちに関する思い出が消されてしまったとしても、俺たちの中にだけは残しておこうぜ。意地でも、忘れてなんてやるもんか」
『フッ……そうだな。俺も、頼まれたって妃芽さんのこと、忘れたりなんかしねぇよ。忘れることも、不可能だ』
「その意気だよ、蓮二」
『あぁ。……何か、気が楽になったよ』
「それはよかった」
『いずれは、また三人で会いたいものだけど……妃芽さんが許してくれる日は来るのかな』
「いくら一生許してくれなくたって……」
『絶対に、忘れはしない』
「そうだ。分かってんじゃねぇか」
『当然だ』
「フッ……。さて、そろそろ切るぞ。電話代は俺持ちなんだから、あんまり長電話してると生活費が大変だ。お前に仕送りもしてやらなきゃいけないし」
『ケチだなぁ』
「そう思うんならさっさと医者になって、俺を楽にしやがれ」
『はいはい』
「そんじゃ、またな。夏休みには帰ってくるだろう?」
『あぁ。また帰れる日が決まったら知らせる』
「ん。じゃあ、またな」
『じゃあな、兄貴』
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