an Anecdote

Speaking Sky~朝倉姉妹の電話~

「もしもし、お姉さん? 私だよ」

『あら、李桜ちゃん。久し振りね。元気だったかしら?』

「おかげさまで。私はもちろん、他の家族もみんな相変わらずという感じだよ。お姉さんは?」

『元気よ。今はケープタウンにいるのだけれど、こっちの空も澄んだみたいに青くて綺麗なの。また今度、描いた絵をそっちに送るわね』

「ありがとう。それにしても、南アフリカか……アフリカって治安が滅茶苦茶悪いと聞いたけど、大丈夫なのかい」

『えぇ。特にヨハネスブルグなんて一時期犯罪率二百パーセントだなんて言われていたらしいわ』

「百パーセント超えてるじゃないか……」

『ふふ、確かにおかしな話ね。だけど、実際は別にそうでもないわよ。メインの場所には私の他にも観光客が多くいるし、今泊まらせてもらってる家の人もすごくいい人たちだし。そういえば、日本人にも何回か会ったわね』

「そうかい。楽しんでいるようで安心したよ」

『ありがとう。ところで李桜ちゃんはどうなの? 未だに授業サボって、屋上で空を見ているのかしら?』

「サボるとは失礼だね。私は私で、野外授業を受けているだけさ。空を見るだけじゃなくて、本を読んだりもしているしね」

『授業に出ないんじゃ意味ないでしょう。……まぁ優月先生のことだから、きっと何も言わないんでしょうけど』

「テストはちゃんと受けてるし、中高一貫校だから目立ったことさえしなければ無条件で進学できるんだろう? 優月先生も、お姉さんだってそう言っていたじゃないか」

『確かに、言ったわ。……まぁ貴女は勉強しなくても成績いいし、それを知ってるから母さんも先生も何も言わないのでしょうね』

「ほぅ……まさか、お姉さんから私に対する褒め言葉のようなものが聞ける日が来るとはね」

『姉なんだから当然でしょう』

「よく言うよ。……だけどね、お姉さん。私も最近は週に一、二回ぐらい授業に出ているんだよ」

『あら、どういう風の吹き回しかしら?』

「いやね……最近屋上に迷い込んできた仔猫とよく遊ぶようになったんだけど、彼女がどうしても授業に出てくれと言うからさ。たまにはいいかと思って」

『仔猫? ……あぁ、そういうこと』

「その様子だと、意図をちゃんと読み取ってくれたようだね」

『もちろん。だって李桜ちゃんの言うことだもの。貴女にも友人が出来たみたいで、お姉さんは安心したわ』

「それはどうも」

『久し振りの授業はどんな感じかしら?』

「そんなもの相変わらずつまらないから聞いてないよ。それよりも私の今の席が窓際なんだけど、あそこから見える空はまた格別だね」

『そうでしょう? 私も高校の時は、放課後教室に残って窓際の席でよく空を見ていたものだわ』

「お姉さんが昔言っていた通りだったよ。確か……その時に、蓮二さんに出会ったんだったよね」

『えぇ。懐かしいわね……蓮くんは、元気にしているかしら』

「優月先生が彼とよく電話をしているみたいだね。なんだかんだ言っても、先生は兄として蓮二さんのことを心配しているようだ」

『あの二人は、本当に仲がいいからね。……ふふっ。まぁ、本人たちは絶対に認めないと思うけど』

「喧嘩するほど仲がいい、ってやつだね」

『本当にね』

「……ねぇ、お姉さん」

『何かしら? 李桜ちゃん』

「蓮二さんとは、まだ会う気にならないかい」

『……』

「知っているんだよ。優月先生にはちょくちょく『元生徒』として顔を見せに行ったり、連絡を取ったりしているのに……蓮二さんには、高校を卒業して以来一回も会っていないどころか、連絡すら取っていないそうじゃないか。優月先生が言っていたよ。『蓮二は、未だに妃芽との再会を望んでいる』って」

『……いずれは、会いたいと思っているわ。私だって蓮くんのことを忘れたわけじゃない。私にとってもずっと、彼は大事な人だった』

「だったら、何で」

『今はまだ、その時期じゃない』

「あれからもう、何年も経っているというのに?」

『駄目なの。私の中で、けじめがついていない。それに……蓮くんには、出来れば私のことを引きずって欲しくないの。あの時の出来事はすべて昇華して、いい思い出の一つとして心にしまって欲しい』

「執着し合うのが、よくないと思っているからだね」

『……そうよ』

「けれど未だに、蓮二さんはあなたを引きずっているよ。……会えないからこそ、その思いは余計に強くなっているんじゃないのかい」

『ここで会ってしまったら、またあの時みたいに……互いに、依存しあってしまう』

「可能性は、十分にあるね」

『……蓮くんだけじゃない。優月先生に対しても、同じよ』

「えっ」

『確かに卒業してから一、二年ぐらいは連絡していたし、顔を見せに行ったりもしていた。でもそれだけよ。彼にも私は長い間ずっと会っていないし、連絡だって取ってない』

「だって優月先生は、そんなこと……」

『彼は蓮くんよりもずっと大人だもの。自分の感情を隠すのが、とても得意な人なのよ』

「……なるほど、ね」

『分かってもらえたかしら?』

「何となくね」

『そう、よかったわ』

「……あとどれくらい経ったら、三人はまた会えるんだい。蓮二さんもあなたも、優月先生だって、いつかまた三人で笑いあえる日が来ることを望んでいるはずなのに」

『そうね……あとどれくらいなのかしら。私にも、見当がつかないわ』

「お姉さん、一つだけ言っておくよ」

『何かしら?』

「依存することと絆を繋げることは、違うと思う」

『……どういう、ことかしら』

「あなたたち三人が互いを強く思いあっているのは、依存からじゃない。三人を繋いでいるのは、私なんかには計り知れないほどの、強い絆なんじゃないかな」

『……』

「あなたの決心がつくまで、私はこれ以上余計な口を出さないことにする。部外者がやいやい言っても、結局は鬱陶しいだけだしね。だけど、『依存』と『絆』を決して履き違えてはいけないよ。……私から言えるのは、これだけさ」

『……肝に銘じておくわ』

「ずいぶんと聞き分けがいいじゃないか」

『人の意見は、とりあえず聞いておくものよ。この何年かで学んだわ』

「ふふっ。……じゃあ、そろそろ切るよ。海外電話は、なかなかに負担がかかるからね」

『それもそうね。じゃあ、また。母さんたちによろしく。それと、仔猫ちゃん――お友達と、これからも仲良くね』

「ありがとう。お姉さんも、道中気をつけて。新しい絵、楽しみにしているよ」

『ふふっ、ありがとう』

「では、お元気で。お姉さん」

『じゃあね、李桜ちゃん』

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