Extra Story

Blood Sky~ある出逢いの物語~

 沈みかけの太陽に照らされた、一人の少女がいた。

 窓際の席で頬杖をつき、恐ろしささえ感じるほどに真っ赤な空を眺めている。放課後ということで皆帰ってしまっているのか、彼女の他には誰もいない。その様子はまるで一つの絵のようにも見えた。

 校舎内を迷い、上級生の教室の一つをたまたま覗き見た俺は、溜息を吐きながらぼんやりと彼女に見惚れていた。


 ふ、と彼女がこちらへ顔を向けた。その瞬間にばっちりと目が合う。逸らすことも出来ないまま、ただ呆然と目を合わせていると、彼女はにっこりと笑った。

「そんな所に突っ立ってないで、入っておいで」

 澄んだ声がした。俺は無意識にふらふらと教室内へ入る。

「まぁ、座って」

 彼女は自分が座っている席の隣を指して言う。俺はそれに無言で従った。

 何だか夢を見ているようだ。絵の中へ入っていったような心地がする。あまり状況を理解出来ないでいると、不意に彼女は口を開いた。

「赤い空は、まるで血を吸い取ったような色をしているわね」

 美しい姿とは裏腹に、その薄い唇からはいきなり物騒な言葉が飛び出した。ギャップに思わず目を見開く。そんな俺に気付いていないのか、彼女は屈託なく微笑みながら首を傾げた。

「ねぇ、そう思うでしょう?」

「……赤い、と言えば赤いですがね。血かどうかまでは……」

 俺が困惑しながら答えると、彼女はとたんにつまらなそうな顔をした。

「ロマンがないわね、君は。男のロマンとかいうくらいだから、男の子はそういうの好きかなと思ったのに」

「いや、男のロマンってそんな物騒なものじゃないですから」

 俺が淡々と突っ込むと、クスクスと彼女は笑った。どうやらこの人に、口で勝つことは無理らしい。

「君、名前は?」

 唐突に聞かれた。どうしていきなりそんな話が出てくるのか。訳が分からないと思いながら、俺はとりあえず名乗ることにした。

「優月蓮二です」

「そう。……蓮くん、君は頭が固いのね」

 人がせっかく名乗ったというのに、名前に関してはほとんどノータッチ。蓮くんなんて馴れ馴れしい呼ばれ方をしたのは初めてだ。しかも初対面なのに、何かいきなり頭が固いとか失礼なことを言われた。

「大きなお世話ですよ……俺はあいにく理数科なので」

「そんなんじゃ駄目よ。今のままじゃ上手く世渡りできないわ」

 皮肉っぽく言ってやるも、さらりとかわされる。彼女は悪戯っぽく笑うと、

「私が、教育してあげましょうか」

 という、聞く人が聞けば問題発言とも捉えられかねないような一言を俺に向かって放った。

 驚愕のあまり動けずにいる俺を見てふふっ、と笑みをこぼした彼女は、先ほどより黒みがかった空を一瞥する。

「時間が経てば黒くなる……今日の空は、本当に血に似ているわ。血約束、とでも言ったところかしらね」

 そんなことを呟くと、彼女はおもむろに立ち上がった。

「じゃあ、今日はこれで帰るけれど……楽しかったわよ。明日もいらっしゃいね、蓮くん」

 甘美なその言葉に惑わされそうになる。なんとか理性を保つと、立ち去ろうとする背中に問いかけた。

「貴女の、名前は?」

 振り向いた彼女は、学生と思えないほど色っぽい笑みを湛えたまま、静かに唇を動かした。そして……何事もなかったかのように回れ右をすると、ひらひらと飛んでいきそうなほど軽い足取りで、あっという間にドアの向こうへ消えてしまった。


 完全に黒に飲み込まれた空の下。一人取り残された俺はただ、先ほどの幻のように不思議な少女が口にした名を反芻していた。


 それが、俺と彼女――朝倉妃芽との出逢いだった。

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