第25話 何者でもない男の半生
ソールと縄でつながれたままのウィードに連れられ、一行は街の片隅、ごく小さな倉庫へとやってきた。
ウィードが懐から取り出した鍵で扉を開く。倉庫は模造機が一機入るかどうかという広さで、中には何もおさめられてはいなかった。うっすらと積もったほこりが、舞い込む風に吹き上げられただけだ。
「ここは?」
「あんたの剣を手に入れたら、ここを使うように言われていた」
「使うって……」
「見ればわかる」
鷲鼻の男は身をかがめ、床板を確かめるように叩く。
そして、くぼみに指をかけて一気にそれを持ち上げた。
「これって……地下通路?」
「
「それどころじゃない」
ぼそぼそと、独り言のような調子で答えてから、ウィードが床の穴へと下っていく。梯子になっているらしい。当然ながら、縄でつながれたソールが続き、残った二人も後を追う。
ロビンが取り出したランプの明かりを頼りに、一行は狭い通路を進んでいく。幅は二人立って歩くこともできない程度だ。道は曲がりくねり、リャスミーの街から遠ざかっているのか、中心部に近づいているのかもよくわからなくなってきた頃、唐突に視界が開けた。
「なんだ、ここ……」
ランプを掲げても、奥まで光が届かない。真っ暗で広大な空間。
足を踏み入れると、かつん、と皇硬質な靴音が響く。明らかに、人工的に作られた床の感触だ。
「竜騎士の話では、ずっと昔に作られた古代遺跡らしい」
「こ、古代遺跡? 本当に?」
「しーっ、声が大きいって!」
思わず歓喜の声を上げるキャンディスを、ロビンが押しとどめる。今、彼らは竜騎士のもとへ向かっているのだ。いわば、敵の懐に飛び込んだ状態である。いつ、どこに竜騎士の手下だという教団の目が光っているかわからない。
「……ほら、これを見ろ」
ウィードが壁を指さす。壁面には無数の凹凸が刻まれ、血管を張り巡らせるように複雑な文様を描き出していた。
「これって、魔術回路?」
「に、見えます……あっ!」
再び大声を上げそうになったキャンディスが、あわてて口をふさぐ。その眼は、信じられないものを見つけたかのように見開かれていた。
その指さす先。魔術回路が描き出す文様の中心部。
巨大な
■
「こ、これって、真機石?」
壁面を見上げ、ロビンが声を上げる。
「そう……みたいだな。巨人機以外では、初めて見る」
「んー、んんーっ!」
驚くソールの隣で、キャンディスは自分で自分の口をふさぎ、何やらうめいていた。どうやら、あまりの興奮で叫びそうになっているのをこらえているらしい。
「お、落ち着いて。ゆっくり喋っていいから」
ロビンになだめられて、こくこく、何度もうなずいてから手を放す。
「この回路、遺跡じゅうに張り巡らされています。たぶん、この遺跡全体が何か重大な機能を果たしているんだわ。いえ、もしかしたら、目に見えてる範囲よりももっと広大かも……。ロビンさん、明かりを、もっと近づけて下さい」
小声ではあるものの、「ゆっくり」とはとても言えない早口。ロビンの腕を引っ張りながら、キャンディスは機石に近づいていく。機石のすぐ下には何やら計器がごちゃごちゃと取り付けられた箱のようなものが壁面に取り付けられている。それを使って、機石と魔術回路を操作するのだろうか?
「……なぜ、ゾランがこんな場所を知っているんだ?」
二人の後を追いながら、ソールがつぶやく。縄でつながれたままのウィードが、ふん、と鼻を鳴らした。
「竜は超古代の存在なんだろ? だったら、古代のことぐらいは知ってるんじゃないか」
「……やつは封印された竜を解放して回っている。なぜ、竜が封じられた場所を知ってるんだ? まさか、この遺跡にも竜が?」
「俺に答えられることを聞いてくれよ」
不機嫌そうに、ウィードがつぶやく。片腕を繋がれたままでは、当然だろうが。
「……君は、どうして教団に?」
キャンディスが魔術回路を、ロビンが装置を眺めているのを尻目に、ソールは小さく問いかけた。明かりが照らしきれない暗闇の中で、周囲を警戒し続けている。
「俺はこの街の生まれだ。理容師の息子さ」
まるで人づてに聞いた話をそのまま伝えているかのような口調で、ウィードが話し始めた。青白い顔がわずかな明かりに照らされ、石の彫刻のように見えた。
「俺は親父を軽蔑してた。誰でもそうだろ? 他人の髭を切らせていただいて生活するなんて。このまま親父の後を継ぐのはまっぴらごめんだった」
ぼそぼそとした声は、ロビンやキャンディスにまでは届いていないだろう。
「さいわい、カンドゥアはいい国だ。優れたところがあれば、好きな仕事を選ぶこともできる」
「キャンディスはそうやって、司書になったらしい」
「そりゃあ、立派なことだ」
魔術回路の意味を読み解こうと、メガネをかけた目を皿のようにして壁を見つめる女をちらりと見やり、男が大きく息をつく。
「俺も、役人になろうと思ったんだ。街や国のために働きたいからな。だろ? でも、残念ながら俺にはそこまでの才能はなかった。試験を三度受けて、三度不合格だ。家族はそれ以上待っちゃくれなかった。家を継ぐか、温泉の掃除でもして暮らすのも、死ぬほどいやだって程じゃない。諦めて折り合いをつけるつもりだった」
ウィードの淡々とした語り口は、まだ変わらない。本当に自分のことを話しているのか、不安に思うほどだった。
「俺には恋人がいた。いや、俺が恋人だと思っていただけか? 結婚の約束をしたのは、俺があいつぐらいの時だったから、本気だとは思われなかっただろうな」
あいつ、と指さしたのは、装置の表面を撫でまわしているロビンだ。彼女は十四だが、たぶん、ウィードはそれよりも若く見積もっているだろう。
「ところが、俺が試験のために三年間、部屋にこもっている間に別の男を作ってた。信じられるか? 久しぶりに会ったと思ったら、結婚式の招待状を渡されたんだ」
ウィードの視線がソールに向けられる、だが、剣士が見つめ返すことはない。話をつづけながら、注意は周囲に向けられている。
「だからだ」
「……何?」
「だから、教団に入った。結婚式場で暴れてやろうと思ったが、その前の晩に、寝ている俺の部屋の中に仮面をつけた誰かが現れた。そして、こう言った。『その怒りをもっと大きなことのために使え』」
「竜が現れたらどうなるか、わかっているのか? この街ごとめちゃくちゃになる」
ソールが語気を荒げるのを面白がるように、ウィードは薄笑いを返した。
「お前にはわからないだろうよ。でも、俺と同じ目に遭えばわかるぜ。この世界が俺のためにあるわけじゃないなら、ぶっ壊れちまっても同じだってな」
「何を……」
「わかりました!」
その時、不意に高く声が上がった。魔術回路を眺めていたキャンディスが、目を爛々と輝かせている。その光で壁を照らせるんじゃないかと思うぐらいだ。
「この遺跡はまだ生きています。地下深くまで根をおろして、あたり一帯の地熱を制御してるんですよ。つまり、街に沸く温泉はこの遺跡の恩恵です」
「だから、キャンディス。声が大きいって」
はしゃぐ女を、少女が引き止める。
が、ウィードはもはやそっちに興味を向けてなどいなかった。
「なあ、あんたには巨人機がある。でも、俺にはない。機械いじりもできないし、頭も自分で思っていたほどよくなかった。それでも、こんな俺がこの街で、この文明で、この世界で生きてる意味があるって言えるのか?」
「当たり前だ。君にもできることがあるはずだ」
「おーい、ソール?」
ロビンが声をかけるが、そのオレンジの瞳に目を向けるより早く、ウィードが顔を寄せた。
「俺の目を見ても、そういえるのか?」
向かい合う男の目は薄暗く、この遺跡の中の風景のように底冷えするような心地がした。
それでも、ソールは太い眉に力を込め、その目を見つめかして口を開いた。
「君にも……」
「きゃあっ!?」
その瞬間、甲高い悲鳴が響いた。
「何っ!?」
振り向く。キャンディスの背中に仮面をつけた男が飛びつき、羽交い絞めに抑え込んでいる。暗闇に乗じて近づいてきていたのか。隣にいたロビンも、顔に驚きを浮かべていた。
「いつの間に……っあっ!」
別の男が、小柄なロビンを背中から押し倒す。軽い体重では、あらがいようもない。胸を強く打って、ロビンの肺の中の空気が押し出される嫌な音が響いた。
「この……っ!」
剣を抜き、走り出そうとするソール。だが、その腕につながれた縄が張り詰め、勧めない。
「おっと、行かせないぜ」
「俺の注意を引くために、ウソを話したのか?」
「話は本当だ。ウソで気を引けるほど、頭の回転が良くなくてね」
青白い顔を睨みつけたのも一瞬のこと。すぐさま、剣を振って縄を断ち切る。
だが、走り出そうとするソールと、黒衣の男たちにとらわれた二人のとの間に、ぬっと大きな影が割り込んだ。
「まだ私を追っているのか。懲りないやつだ」
暗闇に溶け込むような黒ずくめの甲冑。バケツを思わせる兜の中から、暗い声が響いた。
竜騎士ゾランがランプの明かりに背を向けて立っていた。
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