第26話 晦冥騎士
暗闇の中に、荒い息遣いがいくつも重なる。
「く、そ、どけっ……!」
床に押し倒され、背中を抑えられたロビンは逃れようとしながらも、作業用のアームの駆動部を踏みつけられ、男の腕力を押し返せない。
「離して、ください……!」
羽交い絞めにされて両腕の自由を奪われたキャンディスは、ケープの内側に吊るしたスターの杖を取るに取れず、ただもがくだけだ。
そして、ソールは片手で剣を構えながら、眼前の大男を睨みつけていた。
黒い兜の中、異様に鋭い眼光をぎらぎらと輝かせる竜騎士ゾラン。ロビンが取り落としたランプがなければ、そのシルエットは闇に溶け込んで見失ってしまいそうだ。
「手を出すな。そろそろ、この男にわからせてやらねばならん」
男の低い声が、仮面をつけた男たちに告げられる。
「また竜を呼び起こすつもりか?」
「封じられたままではかわいそうだろう?」
「俺が止める」
「止められんさ」
ソールが強く踏み込む。腕と剣の長さを限界まで活かした横凪の一撃。
鋭く首元を狙った斬撃は、しかし黒い甲冑には届かない。その直前に、無造作にゾランが抜き放った剣によって受け止められた。
諸刃を持つその剣は、竜騎士ほどの体格でなければ両腕を使って持ち上げるのがやっとの長大さだ。柄には赤く汚れた布が巻きつけられ、複雑な意匠を隠していた。
「私を追って来たのに、倒せなくては意味がないな」
「このっ!」
長身のはずの剣士が小柄に見えるほどの体格差。ソールは一度飛び退いたあと、左右から次々に剣を振るう。
しかし、甲冑をまとったままの男はその斬撃の軌道をふさぐように剣を掲げ、いずれも軽々と受け止めて見せる。
膂力でソールが劣っているのは、傍目にも明らかだ。
「ソールさん、魔力を!」
「わかってる!」
叫ぶのがやっとのキャンディスの声に答え、剣を握る手に力を込める。
柄に埋め込まれたバーンの機石が持ち主の意に答え、赤く輝いた。
「これで終わりだ、竜騎士ゾラン!」
振り上げた剣が、真っ赤な炎を吹き上げる。逆巻く焔があたりを赤く照らしながら、竜騎士の全身をつつみこんだ。
「やった!」
あの金属鎧に炎を浴びせられてはひとたまりもないだろう。思わず、ロビンは叫んだ
が、その顔に浮かんだ歓喜は、すぐに驚愕と恐怖にとって代わられた。
「弱いな」
暗い、血の底から響くような声。
全身を包んだ炎は、すぐに小さく弱まっていく。炎が燃え移ったのは、剣に巻かれた布一枚だった。その布が、灰となって剥がれ落ちる。
その下から、黒く輝く機石が現れた。
「そんな、あの剣……」
機石の放つ闇が、炎を飲み込む。無限に深い暗闇が、その中に広がっているように思えた。
「お前が、なぜ機石を持っている!?」
「遊びは終わりだ。力の差をわからせてやろう」
ふっつりと、明かりが消えた。いや、ゾランの掲げた剣が、ランプの明かりを吸い込み、闇を放っているのだ。
「出でよ、
闇が光を飲み込み、暗闇よりもなお暗い巨人機が姿を現した。
■
「くっ、来い!
一瞬遅れて、ソールが叫ぶ。赤い機石が光を放ち、粒子となって巨人機を形作る。
その光に照らされ、暗闇の中に立つ巨人機の姿が浮かび上がった。
胸に輝く
バーンよりもさらに大きく、重く、凶悪な装甲が全身を覆い、ずんぐりとした体格をさらに際立てていた。
獅子のように広がる角を持つにはのぞき穴はなく、のっぺりとした金属が顔を覆い隠している。
黒いマントが翻り、掲げた腕に魔力が集積していく。
「
低いつぶやきに答え、晦冥騎士の手中に長大な剣が現れる。
振るうだけで猛烈な衝撃を巻き起こす大剣が、バーンに迫る。
「
巨大な鉄の塊がぶつかり合う音が、遺跡の広大な空間に響き渡った。衝撃がバーンのかかとを浮き上がらせ、一歩、後ろへ下がらせる。
「う、ウソだろ?」
ロビンの背中を冷たいものが駆け上がる。竜の突撃すらも受け止めたバーンを圧すほどの力が、あの巨人機のたった一撃に込められているというのか。
「わかっただろ。竜騎士に逆らうほうが間違ってるんだ」
仮面の男たちに押さえつけられたロビンに、にやついた顔のウィードがささやく。
オレンジの瞳がかっと怒りを燃やし、男を睨みつけた。
「お前が、ソールを……!」
「竜騎士と戦いたがってただろ。その通りにしてやっただけだ」
口元に酷薄な笑みを浮かべながら、ウィードは顔を上げる。視線の先では、バーンががむしゃらに剣撃を繰り出していた。
「巨人機が! お前を選ぶはずがない!」
「だが、ブラインドはすでに私のものだ」
赤熱する剣の一撃一撃を、晦冥騎士はすべて巨大な剣で受け流し、あるいは弾き返す。
「竜の解放者に巨人機が力を貸すものか!」
全身に力をたぎらせ、バーンが剛剣を振り下ろす。が、ブラインドの剣がそれを受け止め、つばぜり合いながら、剣士の赤い瞳が騎士の面を睨みつけた。
「現実を受け入れないのは、理想に生きるせいか?」
「その巨人機に何をした!」
「私の魂を選んだのはこの巨人機だ」
ブラインドの剣が、漆黒のエネルギーを放つ。それは揺らめきとともに闇の鎖と化し、バーンの両手足に絡みついた。
「う、っぐ……!」
「いい加減に終わりにしてやろう」
身動きの取れないバーンを、晦冥騎士の無造作な腕の一振りが持ち上げる。闇の鎖が全身をとらえ、壁へ向けて放り投げた。
白い巨体が遺跡の壁を崩落させ、うつぶせに倒れるバーンを陽光が照らした。眼下にはリャスミーの街が見える。この遺跡は、街のそばにある丘と半ば一体化していたらしい。
「ソール!」
「ソールさん!」
ロビンとキャンディスの悲鳴が重なる。だが、大剣を手に近づいていくブラインドを止めるすべがあるわけではない。
「そこで無力に眺めているがいい」
刃が無情に突きたてられる。それはバーンの右肩を貫き、床へと縫いとめるように突き刺さった。
「ぐ、ぁああっ!」
巨人機を通じて、ソールの全身を痛みが走る。
「これでいい」
晦冥騎士の召喚が解かれ、黒い甲冑に身を包んだゾランが、差し込む光に背を向ける
「くそっ!」
バーンの中でソールは叫ぶ。だが、突きたてられた刃のせいで立ち上がることができない。
その上、夜の刃はバーンの魔術回路を流れる魔力を吸い上げ、魔法を封じる力が込められているらしい。バーンを剣に戻すこともできず、ただソールは叫び続けた。
「そいつに竜を起こさせるな! 誰でもいい、街を、国を守りたいなら、そいつを止めるんだ!」
仮面の男たちはただその姿を眺めるだけだ。ウィードもまた、腕を組んで聞き流すのみである。
「お前たちのおかげで、準備は整った」
竜騎士が、竜滅教団の信徒たちへ向き合って言った。
「さあ、この国を絶望で覆ってやろう」
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