第24話 竜滅教団

「危ないッ!」

 キャンディスの声が高く響くと同時、ウィードの胸に迫っていた刃が、目に見えない壁に阻まれた。司書の手に握られた短い杖が、青い光を放っている。間一髪、魔法の障壁がその凶刃を防いだのだ。

 火花を散らして甲高い音を立てる剣。その持ち主は飛び退いて、彼らとの距離を通った。


「標的を間違えてる! 俺は仲間だよ!」

 叫びをあげるウィード。だが、仮面をつけた男たちは、一行のテーブルを囲むように広がっていく。冷徹な包囲体制からは、明らかな殺意以外には何も感じられなかった。

「ムダだ。こいつらには、君を生かしておくつもりはないらしい」

 包囲に油断なく視線を向けながらも、ソールはいまだ自分の腕をつかんだままのウィードに言い聞かせるように告げた。

「く、くそ……!」

 震える声を漏らしながら、ウィードがつかんでいた手を放す。自由になった腕で素早く剣を抜き、黒衣の集団とソールが向き合う。二人の間には、いまだ彼らを結びつける縄が張られている。


「キャンディス、ロビンを頼む!」

「は、はい!」

 杖を前に掲げながら、じり、と後ろへ下がる。魔法の扱いはともかく、戦いには不慣れだ。身を守るのに集中させたほうが良い。

「お、おい、これをほどいて……」

「来るぞ!」

 黒衣の男たちが、剣を構えて突っ込んでくる。突き出される剣を自らの剣ではじき、体制を崩した一人を体で押しやる。二人が互いに体をもつれ合わせながら床に倒れた。


「うっお……!」

 別の方向から迫る剣が、再びウィードに迫る。ソールは左腕を引き、つながった縄で彼の体を引き寄せる。鷲鼻をかすめて剣が通り過ぎ、ウィードの細長い体格がソールの腕に収まった。

「危なかったな」

「危ないのはこの縄のせいで……っ!」

「伏せろ!」

 叫ぶ間にも、ぎらついた刃が横なぎに迫る。抱えた体ごと体勢を下げてそれをかわすと、今度はウィードを横に突き飛ばして振り下ろされる剣をよけさせる。


「いって……ぇ!」

 床に転がされるウィードがうなるのも聞かず、ソールは床を這うように駆け、ぴんと張った縄で黒衣の足を引っ掛ける。体勢を崩した男がテーブルに頭を打ち付け、がん、と大きな音を立てた。

「こいつ!」

 男たちの一人が怒りの声を上げ、ソールたちが使っていたテーブルを足で蹴りつける。上に乗っていた皿が床に滑り落ち、陶製のものが音を立てて砕けた。


「ああっ、もったいない!」

 自分が手に持ったままのオムレツ以外の料理が全滅したことに、ロビンが声を上げる。ちなみに、皿の上のオムレツは二切れほど減っている。状況に驚きつつも咀嚼を止めないのはしたたかさというべきか、食い意地が張っているというべきか。

 ソールは迫るテーブルの上に飛び乗り、見事にバランスを取りながら、仮面の男の顎を蹴り上げる。

 のけぞった男が背中から倒れるうちにも、体勢を立て直した仲間たちが、テーブルの上に向けて刃を突き上げようと迫る。左から二人、右から一人。右は剣でいなせるとしても、左腕はウィードにつながれている。テーブルの上では、普段のように身をかわすのも難しい。


 ソールはためらいなく、下半身に力を込めて大きく体をひねった。

「うわああああっ!?」

「な、なにっ!?」

 体格に勝る剣士に振り回されて、ウィードが男たちに横から突っ込んでいく。机上のソールに気を取られていた男たちが、もつれ合って床に倒れた。

 その間に、右から迫る剣を大きくはじき、反対側に身をひねる。倒れたウィードの体を無理やり引き起こした。


「くっそ、この野郎!」

 ぐい、と反対方向に引っ張られて、青白い顔の男が怒りの声を上げた。仲間だと思っていた相手に襲われたことか、それとも縄でつながれてぶんぶん振り回されていることにか。たぶん、後者だろう。

 腹立ち紛れに、ソールと切り結んでいた男に蹴りを食らわせる。あっさりと脇腹に足が突き刺さり、男は苦悶の声を上げて体を「く」の字に曲げた。

 ソールは机から身軽に飛び降り、赤い機石がはめ込まれた剣をまっすぐに構えた。

 男が二人、体勢を立て直して向かってくる。剣士は息をついて身をかがめた。


 とん、と軽い足音が響いた直後には、男たちの構えた剣の間を縫うように、ソールのふるった刃が銀閃を描いていた。一方の指を浅く切りつけて剣を握る握力を奪い、もう一方の仮面に向けて切り上げる。

 一瞬遅れて、真っ二つに割れた仮面が床に落ちていた。

 その下から現れたのは、何の変哲もない男の顔だ。日焼けした肌に、短いひげ。街中で見かけても、気にすることなどないだろう。

 いや、それどころか。

「あ、あんた、いつも燻製を届けてくれる……」

 声は、レストランの奥から聞こえた。厨房に隠れながら見物していた料理人が、見覚えのある顔が現れ、驚きのあまりつぶやいたのだ。


「……退くぞ!」

 男たちの中で、誰かが叫んだ。仮面を割られた男が布で顔を隠し、気絶した仲間を抱えて走り去っていく。

 ざわつく店内。店の外からも、中の様子を気にする視線が感じられる。

「……オレたちも、どこか行った方がよさそうだね」

 空になった皿を近くのテーブルに置いて、ロビンがつぶやく。

 危機こそ去ったものの、この場にとどまるのはまずい。ソールはうなずき、ウィードに視線を向けた。

「連中について、話してもらうぞ」



 ■



 混乱の中をなんとか脱し、街の広場の一角で、一同は腰を下ろした。

 ここまで広く、人の多い場所で襲われることはまずないだろう。

「……くそっ、仲間だと思ってたのに」

 座り込んだウィードがうなる。驚きとショックで動悸が収まらないらしく、今もまだ息が荒い。

「彼らは……竜騎士の仲間なのですか?」

 声を潜めて、キャンディスが問う。男は青白い顔にいらだちの表情を浮かべて、うなずいた。


竜滅結社ドラゴンズ・オーダーだ。竜騎士の思想を受け入れた集まりだよ」

「あんなやつに思想なんて……」

 言いかけたロビンを、ウィードが睨む。底冷えするような、冷たい目つきだ。

「お前たちにとっちゃ、そう見えるだろうよ」

「君も、その一員なのか?」

 ソールが間に割り込むように問いかける。男は小さくうなずいた。

「そうだ……と、思う。少なくとも、俺はそう思ってた」

 仲間から刃を向けられ、混乱に陥った頭を押さえながらうめく。


「竜騎士の思想は簡単だ。竜の力でこの文明を滅ぼす。そうして、生き残ったもので新しい文明をやり直すんだ。それこそ、竜が神に与えられた役目だって」

「そのどこに共感して……」

「ロビン」

 あざけるような調子を、名を呼んで引き止める。誰もが、今の世界の在り方を受け入れているわけではないのだ。


「お互い、素性を探らないのが結社の決まりだ。集まるときにも、仮面をつける。だから、ほかに誰が結社にいるのかは知らない。……何人か、見当はついてるけどな」

 秘密結社、と言っても、同じ街に暮らしているのだ。ふとした拍子に疑いを持つことはある。それでも、竜が国を滅ぼすその日まで、互いに知らないふりをする。他の誰かが自分のことに気づいているかもしれないのだ。


「……それって、この街で生まれた組織なのか?」

 ようやく、事態が呑み込めてきたのだろう。オレンジ色の瞳に戸惑いと不安が浮かんでいた。

「バカな。カンドゥアにも、コーヤにも、ブエルナンにも……少なくとも三国には仲間がいるはずだ」

「そんな……」

 今度は、キャンディスの青い瞳が陰った。

 それほど多くの人が、この社会の崩壊を、文明の終焉を、世界の破滅を望んでいるというのか?


「あんたたちにとっては、ショックだろうな」

 嘲りと虚無が入り混じった笑みを浮かべ、男がつぶやく。

「それに、君にとってもだ」

 声を低め、ソールがその顔をにらんだ。

「いつ秘密を漏らすかわからない君を、連中は始末するつもりらしい」

 竜騎士を追い続けてきた剣士は、驚くほど冷淡に、取引を口にした。

「君を守ることができるのは俺たちだけだ。自分だけで破滅したくなければ、竜騎士のところに案内してもらおう」

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