第23話 青白い顔の男

 旅の資金に余裕があるから、何かと融通が利く。

 たとえば、ホテルで2つ部屋を借りることができるのも余裕の表れだ。

 一応、男がひとり、女がふたりの旅である。隣り合った部屋を取ることにした。ロビンとキャンディスがふたり用の部屋になるから、必然、その隣にあるソールの部屋もふたり用だ。

 広くてのんびりできる、と思っていたのだが、それがアダになった。


 ソールの部屋の余ったベッドに、腕を縛った男を転がしたのは真夜中を幾分か過ぎたころだ。

「さて。話を聞かせてもらおうか」

 男を手早く縛り上げたソールは、腕を組みながら言った。せっかくの入浴を半端で切り上げなければならなかったうえ、こめかみは今もずきずきと痛む。多少、語気が荒くなるのも当然だろう。

 備え付けのランプを点けると、男の姿がよく分かった。身長はソールと同じぐらい。鷲鼻が目立つものの、すっきりとした顔立ちと、きっちり切りそろえられた髪型で、容姿は整っているといえそうだ。

 ただ、その顔はどこか青白く、表情が薄く感じられた。


「話すことなんて、ない」

 弱弱しい口調だった。断固として要求を拒んでいるように見えて、むしろ自分に言い聞かせるような様子だ。それとも、こう答えろと言われてでもいるのだろうか。

「巨人機を盗もうとしといて、何も話せないわけ、ないだろ」

 対して、怒気を隠しもしないロビンが男に向けて詰め寄った。

「誰かに、盗って来いって言われたのか?」

 男は答えない。


 キャンディスは、壁際でその様子を観察していた。

「何か深い事情があるんでしょうか。家族を人質に取られているとか。いえ、それとも、重大な秘密を盾に脅されているとか……」

「違う」

 吐き捨てるように、男がうなる。

「じゃ、大した理由もないのにあんなことしたって?」

 ふん、とロビンが鼻を鳴らす。オレンジ色の瞳は、怒りというよりも軽蔑に近い光を浮かべていた。


「聞いてくれ」

 彼女を制すように、ソールは男と向き合う。

「俺たちは、ある男を追って旅をしている。そいつは、この国や大陸に危機をおよぼすような、極めて危険な男だ」

 男はソールをにらんだまま、何も答えない。

「この剣は……バーンは、そのために絶対に必要なものなんだ。それに、こいつは俺以外には扱えない。君はそのこともわかっていて、こんなことをしたのか?」


 男はしばし口をつぐんだ後、「ふん」と鼻を鳴らした。

「自分にしかできないことだって? いいよな、あんたは」

 口元にはどこか冷たい笑みが浮かんでいた。嘲笑だとすれば、それはソールに向けられたものか。それとも……

「わかっていたよ。価値のあるものじゃなきゃ、盗む意味がない」

「君が思ってるほどの価値なんかない。巨人機として起動できるのは俺だけだから」


「売値のことを言ってるんじゃない。あんたがさっき言った通りさ。この国やこの大陸を守るために必要なものなんだろ。ふん。そいつを盗み出せば、俺が世界に影響を与えたってことだ」

「あのなあ!」

 ロビンが叫びとともに、拳を振り上げる。が、ソールが片腕を上げてそれを制した。

「落ち着いてください。暴力はいけません」

 キャンディスがロビンの肩に手を触れる。少女は小さく舌打ちして、踵を返した。

「オレ、もう寝るから。ソール、ちゃんと見張っててくれよ」

 そうして、体格からすれば力がこもりすぎの足音を立てて部屋を出ていった。


「ええと……」

「この状態で、逃げられやしないよ。ロビンについててやってくれ」

 しばし迷う仕草を見せたものの、キャンディスは小さくうなずき、そしてロビンの後を追う。

 部屋の中に残されたのはふたりだけだ。

「女連れの旅は楽しいか?」

 男は腕を縛られたまま、挑発するような笑みを浮かべてみせる。ソールは首を振って、残ったベッドに腰を下ろした。

「楽しむために旅をしてるんじゃないが、人と一緒の旅は悪くない」


 男は青白い顔に嫌悪を浮かべてから、視線を下げた。

「あんたのように恵まれてればよかったと思うよ」

 その言葉は、ソールに向けられているようで、むしろ自嘲の色が濃い。ランプの明かりだけで照らされた部屋の中で、彼は大きくため息をついた。

「黒い兜の男に会ったか?」

 ソールが問いかける。男は頷いた。


「奴に何を言われたのかわからないが、俺は恵まれてなんかいない」

「だが、他人に奪われるようなものをいくつも持ってる。奪われたものだってあるんだろ。何かを持ってたってことだ」

「何かを奪われたことをうらやむのか?」

「ああ。幸せだったことがある」

「自分にはないとでも?」

「さあな。俺は何かを奪われたことがない。何かを手に入れたこともない」

「そう思ってるだけだ」

「俺の何がわかるっていうんだ?」

「君にも、俺のことはわからない。勝手に俺のことを誤解している」

「誤解だと? なあ、世界を旅して、悪い竜を殺し、みんなから感謝される気分はどうだ? 俺に誤解なく伝えられるっていうなら、ぜひそうしてくれよ」

「俺からバーンを奪うためだけに、人生をかけるべきじゃなかった。君は竜騎士に操られている」

「俺は正気だ!」


 男の叫びが、ホテルの一室に幾度も反響する。

「俺のことを知らないくせに、偉そうに!」

 激情をあらわに、男が縛られた腕を振り回す。だが、ベッドのシーツを弱弱しく叩く程度が精いっぱいだ。

「話してくれなきゃ、知りようもない」

 青白い顔の男は肩をいからせて、大きく息をしていた。怒っているはずなのに、その表情すら、どこか生気がなく思えた。


「俺はソール。君の名前も教えてくれ」

「……ウィード」

「ウィード。何かを話す気になったら、いつでも教えてくれ」

 そう告げて、ソールはランプの明かりを消した。

 夜が明けて目を覚ますまで、ふたりは何も言わなかった。



 ■



「この街にも衛兵がいる。突き出せばいいだろ」

 オムレツをナイフで切り分けながら、ロビンが言う。最初に一口大に切り分けてから食べるのが、彼女のクセらしい。

「彼を罰するより、ゾランのことを聞きだすほうが大事だ」

 ソールは塩漬けされた豚肉と野菜を一緒にフォークに差して一度に口に運ぶ。

「ですが、何もそんな……」

 キャンディスがスープにちぎったパンを浸しながら、心配げに眉を細める。


 テーブルの残る一角には、ウィードが座っている。むすっとした様子ではあるが、左手でトーストをつかみ、口に運んでいた。

 なぜ左手を使っているのかといえば、右手には縄が駆けられているからだ。そして、そのもう一端はソールの左手に結ばれている。

「話す気になるまで、俺と一緒にいてもらう。根競べさ」

 青白い顔の男は、黙ったまま何も答えない。


「そんなんじゃ、何かあった時にソールのほうが危ないんじゃない?」

 ようやく切り終えたオムレツを口に含み、もぐもぐやりながらロビンが肩をすくめる。

「ああ。でも、心配してもらうにはもう遅いかも」

 その時ちょうど、ホテルに備え付けのレストランの戸が開いた。

「いらっしゃいま……」

 迎えようとした従業員の表情が凍り付く。やってきた客たちの姿は、明らかに尋常ではなかった。


 黒いぼろを全身にまとい、金属製の手甲と、鉄で補強されたブーツがギラギラと危険な光を照り返している。

 ぼろの間から覗く顔は仮面で隠され、ましてや、肘から先と同じほどの刃渡りの剣を抜き放って手に構えていたら、従業員が悲鳴を上げて逃げ出すのも無理はない。

「竜騎士の手のものか」

 ソールが声をあげた。黒衣の男たちの視線が向けられる。その間に、ほかの客は驚きと悲鳴の声をあげ、壁際に身を寄せていた。

 男たちは答えることなく、身をかがめ、巨人機の乗り手たちのテーブルへと向けて走り出した。


「嘘だろ、街中の、朝っぱらに!」

 悲鳴とも怒号ともつかない声をあげるロビンは、食べかけのオムレツの皿を手に取って、椅子を蹴倒し立ちあがる。

「ソールさん!」

「下がってろ。俺が何とか……」

 キャンディスに応え、ソールが腰の剣を抜こうとしたとき……

「おっと、させるかよ!」

 その手を、彼と縄でつながれたままのウィードがつかんだ。


「放せ……っ!」

 腕に力を込める。ウィードの力はソールに及ばない。振りほどけないほどではないが……

「誰が!」

 にやつく男は、ソールの焦りを楽しんでいるようでもあった。この状況では、まとわりついているだけでも十分すぎるほどに邪魔ができる。

 そうしている間にも、ぎらついた刃が彼らに迫っていた。

「こいつが乗り手だ。その女も、早く……」

 ソールとキャンディスを順番に指さしながら、男が声をあげる。が、その表情が凍り付いた。


 何も告げないままに突き出された剣は、明らかにウィードを狙っていた。

「嘘だろ……」

 今まさに自分の腹へ突き立てられようとする剣を前に、そうつぶやくのがやっとだった。

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