第19話 明星術師

 灼熱剣士バーンソードマンは、その七ルーメットの巨体を優に超える竜と対峙し、動けないでいた。

 群走破竜フロラーグは、あの甲高い鳴き声を繰り返しながら、バーンをあざ笑うように何度も足の位置を変え、首をゆっくりと揺らしていた。


「くそっ……」

 赤い機石のなかで、ソールは歯がみした。

 背中を見せれば、親竜の巨大なかぎ爪に狙われるのは間違いない。いや、横を駆け抜け、城門に達してしまうかもしれない。杓盾ヒーターシールドだけが、あの爪を防ぐことができる。ここに自分がいなければ、親竜を止めることはできないのだ。

 だが、背後では模造機と子竜らの戦いの音。衛兵たちの犠牲は避けられない。

 かといって、自分から動くわけにはいかない。一撃で確実に決めなければ、バーンより足の速いフロラーグを止められない。


「なんとか、持ちこたえてくれ……!」

 祈るしかない。そう思っていた。



 ■



 壁の上に陣取った模造機隊が、あっという間に崩れていく。

 もともと、壁は模造機が上に乗れるように設計されている。とはいえ、それはあくまで、先ほどのように模造機隊による射撃のためだ。まさか、壁を乗り越えてくる敵と、ここで白兵戦を行う時のことなど、想定されているはずもない。

「こいつ!」

 模造機隊の槍が突き出される。だが、竜は身軽に身をかがめ、あるいは後ろへ下がってそれをかわす。まっすぐな壁の上では、どうしても攻撃は直線的にならざるを得ない。ならば、身軽で素早い方が有利に決まっている。

 加えて、模造機隊の持ち味である連携もいかせない。この足場では、向かい合っての一対一で戦うしかない。


(このままでは……!)

 アリーナは焦っていた。目前では衛兵長の乗る模造機が、子竜との戦いを繰り広げている。明らかに、防戦に回っていた。援護しようにも、自分の槍を届かせることができない。

「ぐ、ぁっ!」

 竜のかぎ爪が、衛兵長機の胴に突き刺さる。片足の駆動系をやられたのか、その体勢が大きく傾いだ。

 アリーナの判断は素早かった。槍を握る手とは逆の腕でその模造機を支え、機体を密着させる。


「脱出を」

「しかし……」

「はやく!」

 有無を言わさぬ口調に、衛兵長はうなずき、体を固定するベルトを外して模造機を転がり出る。操縦席は地上から四ルーメットもの高さになる。だから、模造機乗りはどんな体勢からでも脱出できるよう、何度も何度もその訓練を続ける。

 衛兵長は二機の模造機の装甲を蹴り、勢いを殺して見事、狭い壁の足場に飛び降りた。それだけでも、アリーナは誇りたい気持ちだった。


「竜などに、ひるむものですか!」

 黄色い機体が、片腕に衛兵長の機体を抱いたまま槍を構える。カンドゥアの国章が刻まれた機体は、さながら盾のようにアリーナの模造機を隠していた。

 くるるる、る、くるるる。

 対する竜が、全身の体重を乗せて蹴りを放つ。アリーナ機はぐっと身をかがめてそれを受ける。衛兵長の模造機はかぎ爪を深々と突き立てられてその機能を完全に停止したが、貫通しきれなかった爪は、黄色の装甲をわずかに傷つけただけだった。


「やあっ!」

 体ごと回転させるように、槍を突き出す。狙い違わず竜の胴を貫き、その体を灰に変えた。

「……よしっ!」

 手応えを感じるアリーナだが、直後、ランプの明かりを遮って、暗い影が視界に落ちた。

「アリーナ様!」

 兵の誰かが悲鳴じみた声を上げた。

 王女の機体を、二匹の竜が囲んでいた。

 残る子竜は、九匹。



 ■



 左翼の壁は、仲間を踏み台にして乗り越えてきた竜により、さらなる混乱に陥っていた。

 左右から、反射的に模造機が槍を突き出すものの、竜は一方に体当たりを仕掛け、一方の槍から逃れる。

 壁の上に一列に並んでいるから、一機が押しやられれば、その体が隣の模造機にぶつかる。

 押しのけられて、布陣が大きく崩れた。


 その時、マリーナはとっさに模造機を宙に躍らせていた。

「姫様!?」

 衛兵たちの声が聞こえる。マリーナが壁の内側へ、機体ごと飛び降りたのだ。驚かぬわけがない。

「隊列を組みなおして!」

 ずしん、と空色の模造機がレンガの床を砕きながら着地する。乗っているマリーナの体にも大きな衝撃が走る。背もたれに頭を打ち付けながらも、舌を噛まなかったことに感謝していた。


 敵の動きを確認している暇はない。すぐさま横に向かって駆ける。片足の反応が鈍い。着地の衝撃が大きすぎた。

 最初に壁に登った竜は、まさにその時、体勢を崩した模造機たちから離れて壁の内側へ飛び込んでいた。

 竜の狙いは模造機を倒すことではない。市民を襲うことだ……そう考えて、マリーナはとっさに飛び降りていた。部下にそれを命令して伝える時間はなかった。


「せいっ!」

 着地の直後、身の軽い竜が走り出す直前に、マリーナの槍が届いた。無防備な竜の首の根元に突き立て、そのまま押し倒す。

 子竜は叫びをあげながらレンガの上で灰へ変わっていった。

「これで……っ!?」

 壁の上から来るだろう竜を迎え撃つべく機体の向きを変えたとき。

 着地の衝撃でダメージを受けていた足がと力を失った。踏み込みの際に、駆動部が破損したのだろう。


「そんな……っ!」

 レンガの床に崩れながら、マリーナは見た。壁へ新たな竜が飛び乗り、部下たちへ向かって、かぎ爪を振り上げているのを。

 残る子竜は、八匹。



 ■



 アリーナが二匹の竜に囲まれ、せめて一方を道連れにしようと考えた瞬間だった。

 マリーナがまだ動かせる模造機の上半身だけで、壁上の竜に当たるはずもない槍を投げようとした瞬間だった。

星弾シューティングスター!」

 いずこからか聞こえた魔法の言葉。

 その直後に、壁の上に登った三匹の竜の、ヘビのように伸びた頭が、同時にはじけ飛んだ。

 残る子竜は、五匹。


「……えっ?」

 王女たちが、衛兵たちが驚きに満ちた声をあげる。暗い中、と光る何かが飛来し、竜の頭を撃ちぬいたのだ。

 そして、彼らの視線は門からまっすぐに伸びた大通りを抜けた先……すなわち、カンドゥア宮殿へと向けられた。

「もう大丈夫。私に任せてください」


 その門の前に、巨大なシルエット。それが一歩ずつ進むにしたがって、ランプの灯りのもとに姿が明らかになっていく。

 胸に輝く青玉サファイアの機石。細身の全身は紫色の装甲と、引きずりそうなほどに長いローブに覆われている。上に向かって飛び出した頭部は帽子をかぶっているように見え、尖ったつま先は舞踏用の靴のようにも思えた。

 その手には長い杖が握られ、その杖の先端は輪を描いていた。

 人間の子供のように頭が大きく思える体つきは、明らかに……


「巨人機!」

 王女たちの声が重なる。子供のころから毎日目にしていた、中庭に佇んでいたあの巨人機に違いない。

 子竜たちは警戒を強め、壁から身を離す。親竜と何かを語らうように、甲高い鳴き声を響かせた。

「逃がしません!」

 巨人機、明星術師スターキャスターが杖を掲げる。その先端部の輪の中に、青白い光が灯った。


誘導星ガイディングスターミサイル!」

 先端から光芒が放たれる。流星のように美しい光が幾筋も、模造機たちの頭上を越えたかと思った直後、狙いすましたかのように子竜たちに向けて突き刺さった。

 いや、まさに狙いすましたのだ。巨人機にとって憎むべき敵、竜の存在を感知し、命中する。ただ飛ぶ矢とは違う、まさに魔法の力。

 スターの機石の中で、スターの体を操りながら、キャンディスは全身に喜びが満ち溢れるのを感じていた。


「爽・快・感……!」

 全身に満ちる魔力! 魔術回路の隅々まで、駆け巡る力を感じられそうだった。

 今にも踊りだしたい気分だったが、まだことは片付いていない。

「開門してください。私が、スターがバーンソードマンと一緒に戦います!」

 もはや、子竜は残っていなかった。



 ■



「今の光は……!?」

 城門の上に描かれた光芒は、港からですら見ることができた。

 吉兆か、凶兆か? 竜が何かをしたのか? 市民たちに不安が広がった直後だ。

「巨人機だよ。王国の巨人機が目覚めたんだ!」

 息を切らせながら、通りを駆ける作業服の少女が叫んだ。


「巨人機? ということは……」

 カンドゥア国王の、深いしわが驚きの形を刻む。

「オレとキャンディスで目覚めさせた。今、彼女があれに乗ってる!」

 にい、っとロビンは笑みを浮かべた。王族相手に恩を売れる機会を、逃してなるものか。


 ざわめきが、市民たちに広まっていく。

「巨人機?」

「この国に巨人機が?」

「キャンディスって?」

「大図書館の司書か?」

 そして、一斉に視線がオーランドへと向けられた。


 国王は急ごしらえの台上で、深く、静かにうなずいた。

「巨人機は、我が国に伝えられてきたものだ。危機迫る時、必ずや目覚めるだろう、と、父祖から語り継がれてきた。いわば、カンドゥアの守り神」

 市民たちにも伏せられてきた存在が知られたのは、あまり喜ばしいことではない。だが、追及を受けるのは後だ。今はそれが市民たちの心を救うことを信じるべきだ。

「それが目覚めたのなら、もはや竜など恐れるに足りん。その名を高らかに呼ぼう!」


 オーランドの瞳が、ロビンへと向けられる。今更ながらに、その瞳の色が双子の娘と同じ深い青であることに気づいて、技師はなんとなくおかしい気分になった。

 今は、彼らのために応えてあげようじゃないか。

「スターキャスター!」

 王の意図通り、ロビンは片腕を振り上げて叫んだ。すぐに、オーランドが応じる。

「スターキャスター!」

 市民たちが、さらに声を合わせた。

「スターキャスター! スターキャスター!」


 歓声が港を包む。城門まで届かんばかりに、唱和は続いた。

 その声を聴きながら、ロビンはこっそり肩をすくめていた。

「……バーンがへそを曲げなきゃいいけど」



 ■



 城門が開け放たれ、紫の巨人機が飛び出してくる。

 その姿は、親竜と対峙するバーンにも感じられた。

「ソールさん!」

「キャンディスか!」

 振り返らずに、叫びを返す。子竜たちを瞬く間に全滅させた頼もしい味方の到来に、全身に力が漲る。


 余裕を見せていた群走破竜フロラーグが、二機の巨人機を前にして動きを止めた。

 その両足の後ろ側、瘤のように膨れ上がった部分がと脈動する。子竜を生み出そうとしているに違いない。

「させるかっ!」

 バーンは駆け抜けざま、燃え盛る剣を振るう。竜の鱗が焼き払われ、苦悶の声をあげた。

 先ほどとは大きく状況が変わっていた。この一撃で決める必要はないなら、存分に技を繰り出すことができた。


 だが、バーンの機石に蓄えられた魔力は、長い戦いでかなり消耗している。

 キャンディスもそれをわかっているのだろう。バーンほど機敏ではないが、距離を詰めるために走り続けていた。

「動きを止めてください、とどめは私が!」

「ああ!」

 ともに戦う仲間がいる。これほど頼もしいことはない。


「ソール様! おねがいします!」

「キャンディス! 竜を倒して!」

 城門から王女たちが声をあげる。衛兵たちもそれにこたえ、口々に彼らの名を叫んだ。

 バーンに向けて、フロラーグが長い脚を突き出す。だが、正面からの打ち合いなら引けを取りはしない。盾で受け止め、いなし、マントを翻して軸足に斬りかかる。

「はあっ!」

 炎剣フレイムソードに溶断され、竜の長い脚が切り飛ばされた。すぐさま再生が始まるが、ぐらりと巨体がかしぐ。


 スターが駆け寄りながら、杖を短く縮める。一回り太く、力強くなったそれを、両手で握りしめた。

『もしも道に迷ったならば、』

 魔法の言葉が紡がれる。青い機石が輝き、杖に猛烈な魔力が注がれていく。

『祈りととともに空を見なさい。』

 先端の輪から連なる輪がいくつも現れる。それは鎖となって、高く高く空へと伸びた。

『私はいつでも、そこにある。』

 巨人機すら飲み込まんばかりの巨大な光球が、スターの頭上に生まれた。光の鎖につながれたそれは、魔力を純粋なエネルギー体へと変えたものだ。

『汝の未来を示すために。』

 竜が逃れようと身をひねるが、もう一方の足をバーンが横凪に切り裂く。大地へ倒れ伏す竜へ向け、スターキャスターが巨大な光球のとなった杖を振り下ろした。


明星球鎚モーニングスター!」

 竜の巨体に匹敵するほどの光球が、その肉体を押しつぶす。

「悪竜、討つべし!」

 輝きは夜の空すら照らさんばかりだった。

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