第13話 乗り手の資格
キャンディスの屋敷は図書館のそばの通りに面している。小さいながらもしっかりとした造りだ。
昼ごろに戻ってくるなり、彼女は自室に戻って眠りについた。どうも、昨晩は眠っていなかったらしい。
ロビンは夕食までの間、やることもない。大図書館で巨人機のことを調べる、というアテが外れてしまった以上、残る興味は大図書館の地下にあるという「禁書架」だけだ。
しかし、禁書架に入るには、王族の許しが必要らしい。
「ソールがうまくやってくれてればいいけど……」
窓の外に目を向ける。白亜の宮殿は夕日を浴びてそびえている。夕日がその壁を銅と同じ色に染めていた。
■
「慣れない、なあ……」
ぼそりと漏らしたはずの声が、あたりに何度も反響する。
カンドゥア宮殿……その一角にしつらえられた浴場である。
昼食のあと、ソールはふたりの姫に連れまわされ、巨人機についてひたすら質問攻めを受けていた。
どうやって動くのか、乗っているときはどんな心地なのか。模造機とどう違うのか……
ただでさえ慣れない場所にいるというのに、王女二人と何時間も会話を続けて疲れないわけがない。
そして、ようやく解放されたと思ったらこの浴場だ。
白い石造りの壁はここでも変わらず、なみなみと湯が張られている。
天然温泉ではない。半機石を使った湯沸かし機を設えているのだろう。
「さすが王族、ってところか」
その贅沢さの恩恵にあずかることができるのは幸運といえば幸運だが、気後れもする。
「ロビンにも残ってもらえればよかったんだが……」
ソールは深々とため息をついた。
と、その時。
浴室の入り口が開いた。
「ソール様、失礼いたします」
「お背中をお流しいたします」
アリーナとマリーナが、しずしずと浴室へ入り込んでくる。
二人はそれぞれに薄布を身にまとっている。ゆったりと体を隠してはいるものの、うっすらと透けて、豊かな曲線がシルエットになって浮かび上がっていた。
「っ、い、いや、それは困る!」
ソールは思わず二人に背を向ける。白いつま先さえ目にするのはためらわれる。
「どうしてです? わたくしたち、もっとお話がしたいんです」
「教えてください、巨人機のこと。それに、ソール様のことも」
アリーナの声が左から、マリーナの声が右から聞こえてくる。いや、逆かもしれない。ソールは目を閉じて首を振った。
「い、今じゃなくてもいいだろ、話すぐらい」
「ソール様のお背中は広いですわね」
「やっぱり、鍛えてらっしゃるのね」
二人の手がソールの背中に触れた。背筋がびくりと震え、思わず背筋を逸らす。
「ソール様、教えてください。どうすれば、巨人機に選ばれますの?」
アリーナの手が、ぬるりとしたものを背中に塗り付ける。
「は、はっきりとはわからないんだ。巨人機には、魂があっても心がない」
「心がないなら、巨人機にはものを考えることができないのですか?」
マリーナの手が柔らかに背を撫で、泡立て、磨いていく。
「そ、そうだ。でも、思いはある。だから、巨人機が選ぶのは乗り手の心なんだ」
くすぐったい刺激に声を漏らしてしまうのをこらえながら、なんとか答える。
「心?」
ふたりの声が重なった。
「そう。乗り手は巨人機の心になる。魂と肉体をつないでも、心は乗り手のものだ」
自分の胸に拳を当て、ソールは続ける。
「だから、巨人機は心を選ぶ。自分を操るにふさわしい心を」
二人の手がいつの間にか止まっていた。ソールの言葉の意味を考えているのだろう。
「でも、魂のありようは巨人機によって違う。バーンは俺を選んだけど、あの巨人機がどんな心を求めているのかはわからない」
中庭に今もたたずむ巨人機。青玉の機石を思い出しながら、ソールは視線を伏せた。
「ですが、あの巨人機はカンドゥアの守り神にも同じ」
「もし、何かあればきっと、目覚めてくれるはずです」
二人は不安げにつぶやいた。
ムリもない。巨人機の乗り手なら何かわかるかもしれないと、それだけのわずかな希望のために、王族がここまでしているのだ。
それなのに、けっきょくは心のあり方次第、なんて言われて納得できるものではないだろう。
「あ、あら。すみません。いまお流ししますね」
はたと気づいたように、アリーナが湯をすくって背中の泡を流す。
これで終わりにしてほしい、というソールの気持ちとは裏腹に、マリーナが続く質問をぶつけてきた。
「ソール様は、どのように巨人機の乗り手に?」
「あー、俺の場合は、ちょっと事情が込み入ってて……」
その時、カン、カン、カン、という甲高い鐘の音が街中に響き渡った。
「警報?」
「そんな、どうして?」
王女たちの表情もこわばり、明らかな緊張を伝えている。ソールは考えるよりも早く立ち上がっていた。
「嫌な予感がする。悪いが、話は後だ!」
■
ソールが宮殿の門を飛び出した直後、それは起こった。
首都をぐるりと囲む門の上へ、異形の竜が姿を表したのだ。
異様に長い脚、前脚のない体、ヘビのように伸びた首。
腰に差した剣の柄が赤く輝く。バーンの発する敵意が、ソールも感じられた。
「群走破竜フロラーグ……」
小柄だが、凶悪なかぎ爪を備えている。そして何より、身の丈の倍はあろうかという壁を乗り越えるほどの跳躍力。そして何より、その数。
5匹。竜がめいめいに街の中へと飛び降り、手当たり次第に人々を襲い始める。
街の方々から悲鳴が響き渡る。一匹は家屋をかぎ爪でなぎ倒し、一匹は広場の人々を虫のようについばむ。
「くっ。行くぞ、バーン!」
ソールは衝動のままに駆け出しながら、逃げ惑う人々とは逆方向に走った。
剣を抜き、天へと掲げ、叫ぶ。
「来い、バーン!
閃光。輝きの中から鋼の巨人が姿を現した。
赤いマントをなびかせ、街の中央に現れた巨人機の姿。人々が見上げる白い巨人機が、左手に握った盾を大きく振りかぶった。
「
勢いよく投げつけられる盾は回転しながら飛び、広場を我が物顔で占領していた竜の胴体を横合いから激しく打ち付ける。
レンガ造りの建物の壁に激突し、巻き込んで倒れた竜は、苦悶の声をあげながら灰となり、崩れ落ちた。
一撃で竜を倒す救いの手に、人々が歓喜の声をあげる。
「みんな、港側に逃げるんだ。竜の相手は俺がする!」
新たな盾と剣を両手に生み出しながら、ソールは叫ぶ。
今の視界は屋根よりも高い。おかげで、4匹の竜が警戒を強めたことも分かった。
ほかの竜も今の一撃に気づいたのだろう。ゆらゆらと首を揺らめかせながら、バーンを顔のない目で睨めつけてくる。
「どいつが親だ?」
剣と盾を構えながら、竜の群れへ向けて距離を詰めていく。
くるるる、る、くるるる。
フロラーグたちの牙がびっしり生えそろった口から、甲高い、無性に耳障りな鳴き声が響き渡る。
「来い!」
がん! その音を打ち払うかのように、バーンが剣を盾に打ち付ける。にじり寄る動きから、前傾に傾いて一気に距離を詰める。
「うおおおおおっ!」
竜のうち、一匹がまっすぐに突っ込んでくる。高く掲げられたかぎ爪をかいくぐるように姿勢を下げ、残った脚を根元から切り落とした。
振り向きざまに、片足を失って倒れ伏す竜の胴に深々と刃を突き刺す。二匹目の竜が、灰となった。
「こいつじゃない……!」
ど真ん中に飛び込んだせいで、3匹の竜に囲まれる形だ。市民からこちらへ注意を引くためとはいえ、無謀な手に出てしまったか。
「いや……やれるさ。3匹ぐらい!」
今度は、竜が仕掛ける番だった。3匹の竜は一気にとびかかるのではなく、バーンの周りをぐるぐると回り始めた。家々を乗り越え、その上を飛び回りながら、まるで肉食獣が狙い定めた獲物を逃すまいとするかのようにじりじりと距離を狭めてくる。
「速い……!」
竜の長い脚は、走り、跳び、駆けることに適しているようだ。人型の巨人機よりも、さらに速い。
竜が描く円が狭まる。バーンの剣が届くほどになるより一瞬早く、そのうちの2匹が同時にとびかかってきた。
「ぐ、おおお!」
左右からの同時攻撃。左の竜のかぎ爪を盾で受け止めるが、右からの蹴りがもろにバーンの胸を打った。
「ぐっ……!」
胸の装甲にざっくりと傷が走る。その痛みは、肉体をつないだソールにも同様に感じられた。
右に向けてはなった突きはかわされている。とっさに、剣を手放した。
「このおおっ!」
その手で、竜の長い首をつかむ。ぐにゃりとしたイヤな感触を握りつぶさんばかりに強くつかんだまま、体を大きくひねった。
速く走るための体はその分、軽い。巨人機の腕力で振り回された竜の足が地面を離れた。
一撃離脱、のつもりだったのだろう。盾に攻撃を阻まれ、すぐに逃れようとしていた一匹に、もう一匹をハンマーのように思い切り打ち付ける。
「おりゃあっ!」
裂ぱくの気合。二匹の竜は互いの体を打ち付けあい、複雑に絡まりながら吹っ飛ぶ。レンガ造りの地面に削られながら、灰へと崩れていった。
「残り一匹……っ!」
振り向いた直後だ。その竜の姿がどこにも見当たらない。いや……
「上か!」
反射的に、盾を頭上に掲げる。その瞬間、竜の長い脚がその盾を踏みつけた。間一髪。少しでもタイミングが遅れていたら、頭を引き裂かれていたに違いない。
「この……!」
再び剣を生み出し、頭上に突き上げる……が、それよりも早く、竜はバーンの盾の上で大きく膝を曲げ、それを踏み台にして大きく跳ね上がった。
「っ……しまった!」
巨人機を軽々と飛び越えるほどの跳躍力。竜は大きく飛び上がりながら、バーンをその場に残し、人々が逃げ惑う方向へと走り出していた。
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