第12話 群走破竜フロラーグ

「父は、政務に追われております」

「兄も、大使の仕事がありますの」

 アリーナとマリーナはそう告げて、本来ならソールを歓待すべきカンドゥア国王と王子の不在を詫びた。

「いや、俺が国王に会うなんて恐れ多い。それより、役に立てたのなら、頼みを聞いてほしい」

 ソールの言葉に、ふたりはゆっくり頷く。


「もちろん」

「なんでございましょう?」

 双子の姫が答える。

「俺はある男を追って旅をしている。領内で、黒い甲冑を着た男を見たという報告があったら教えてほしい」

「甲冑、ですか」

「今時、珍しい」

 さすがの王女たちも、少々面食らった様子である。


 そのやり取りを眺めつつ、ロビンはぼんやりと思考していた。

(なんか、堂々としてるよな……)

 相手は王族だ。ソールはいくら巨人機の乗り手とはいえ、本来は気軽に会えるような相手じゃない。

 自分は宮殿に足を踏み入れた時からずっと緊張しているというのに、なぜ彼は普段の調子を崩さず話をできるのだろうか。

(まさか、本当に王族の知り合いがいるとか……まさかね)

 肩をすくめて、会話の行く末を見守ることにする。


「そうですわ。わたくし、いいことを思いつきました」

「ちょうど、わたくしも素敵なことを考えていました」

 二人がぽんと手を叩く。きょとんとするソールの手を、ふたりが左右それぞれ取った。

「ソール様を宮殿にお泊めして巨人機のことを教えていただきましょう」

「情報をすぐにソール様にお伝えできるよう、泊っていただきましょう」


「はぁ!?」

 今度は、ソールとロビンの声が重なった。

「ちょ、ちょっと待ってくれ。お、俺は単なる旅人で、宮殿なんて……」

「そ、そうだよ。こんなの泊めたら、宮殿が汗臭くなっちゃう」

「こんなのとはなんだよ!」

 驚きのあまり止めようとするロビンに、思わずソールが食って掛かる。


「でしたら、なおのこと泊っていただかないと」

「湯浴みをして汗と垢を落としていただきます」

 ぐ、っとソールの袖をつかむ握力が増す。思った以上に力づよい。

「い、いや、本当、そういうのは……」

「さあこちらへいらしてください」

「ランチをご一緒させてください」

 ぐいぐいと姫君たちが、奥の扉へとソールを引っ張っていく。


「と、止めてくれよ。ロビン!」

「王族がやるって言ってることをオレが止められるわけないじゃん」

 作業服の袖を直しながら、少女は冷たく言い放つ。

「っていうか、できれば俺も宮殿にお邪魔したいなーなんて」

 愛想笑いを浮かべながら、引っ張られるソールを追いかけようとするけど。

「技師様はキャンディスがご案内します」

「よろしくお願いします。ごきげんよう」

「ちょっと待っ……」

 ぱたん。

 三人が中庭の奥の扉へ消えていった。


「……なんか、扱い違い過ぎない?」

 ぼそっ。目を細めてつぶやくロビンに、キャンディスが苦笑する。

「この巨人機のことは極秘ですから。姫様たちもこの機会に乗り手と話がしたいんですよ」

「はーぁ……。ま、いいや。あいつが解放されるまで、世話になってもいい?」

「ええ。あなたたちのおかげで、もう一度ここに来ることができましたし」

 微笑むキャンディスが、視線をあげる。

 くすんだ青玉の機石を持つ巨人機は、ただ静かにそこに立っていた。



 ■



 首都カンドゥアより北西へおよそ一万ルーメットの地点にひとつの砦がある。

 マヤヒルやリリトトへの交易の中継地点でもあり、小高い丘の上に設置されたこの砦には、常に十数機の模造機マイナギアが用意されている。

 練度の高い兵士に模造機まであれば、怪物たちにとっても脅威だ。東西に長い街道の平和が保たれているのは、この砦があるからに他ならない。

 そして、砦はいま、喧騒に包まれていた。


「見慣れない怪物が来る。でかいぞ!」

  夕暮れが迫る頃、見張りの兵士がそう報告したのが数分前。砦に詰めた模造機の役半数、6機が怪物を迎え撃つべく砦の門から飛び出し、各々の武器を構えていた。

 王国軍の模造機は、民間で使われている作業用模造機よりも装甲を増し、また搭乗部には、乗り手を守るように盾が設置されている。

 視界は狭まるが、完全に搭乗部が開放されている作業用とは違って、矢であっけなく乗り手が落とされることはない。


「来た!」

 模造機小隊長のローワンが叫ぶ。丘のふもとから駆け上がってくる見慣れない怪物……いや。

「竜だ!」

 異様な存在感はこれまで見たあらゆる怪物と違っていた。内心に抵抗しようもなく湧き上がってくる恐怖心は、が生物ですらないことの証明に違いない。


 だが、とローワンは考えた。

「竜だとすれば、かなり小型だ。俺たちでも倒せるはずだ!」

 駆け上がってくる竜の体高は、模造機よりもさらに小さい。3.5ルーメットというところか。

 その体高の3分の2は奇妙に細長い脚だ。三つの関節を持つ脚の先には、恐ろしく鋭いかぎ爪が二本。

 その脚で支えられた体は細長い三角錐を逆さにしたような形で、前脚はなかった。だが、ヘビのように奇妙にうねる首が生えている。その首には目すらなく、びっしりと牙が生えそろった口から垂れる唾液が伝い落ちていた。


「ひるむな! 矢を放て!」

 砦の上から、一斉に機械弓が構えられる。それらから一斉に、長い脚で地面を蹴って走る竜へと矢が射かけられた。

 竜は身を低くして矢の雨をかいくぐる……が、そのすべてを避けられるわけもない。一本が首の付け根に突き刺さり、竜の黒い血が噴き出す。

「よし、行けるぞ! 模造機隊、やつを通すな!」

 ローワンの命令に合わせて、6機の模造機が逆八の字に広がる。猛烈な勢いで走る竜を受け止める隊形である。


 くるるる、る、くるるる。

 竜の奇妙な鳴き声が聞こえてきた。生理的な嫌悪を抑え込みながら、ローワンは模造機の腕で槍を構える。

「攻撃!」

 両端の模造機が、機械弓から矢を放つ。模造機サイズにまで拡大した矢は、人間の兵士が持つ槍よりさらに大きい。命中すれば、竜とて致命傷は避けられない。

 だが、そうはならなかった。竜は不意に跳躍し、矢をかわしたのだ。


「なにっ……うわあああっ!」

 そしてそのまま、竜が右端の模造機にとびかかった。

 巨大なかぎ爪が盾を備えた搭乗部を、乗り手ごと引き裂く。

 血しぶきが竜の足を汚す。あまりにあっさりと模造機の装甲が破られ、兵士たちの反応が一瞬、遅れた。


 その間に、竜は模造機を蹴り倒し、反動で隣の模造機にもとびかかる。

 巨体とは思えないほど軽々と宙を舞う竜は、長い首を伸ばし……

「えっ……」

 大きく開いた口が、頭上から模造機の乗り手に食らいついた。ごくり、と硬いなにかが竜の喉を下っていくのが生々しく見えた。

「っ! よくも!」

 最初に冷静さを取り戻したのはローワンだった。槍を構え、巨人機の上に跨った竜に向けて突き出す。しかし、竜はたった今乗り手を失った模造機を蹴倒してそれをかわした。


 くるるる、る、くるるる。

 竜が次の獲物を見定めるように、目のない顔を揺らめかせる。

 鉄の塊の中にありながら、兵士たちは恐怖で背筋が凍るのを感じていた。

「隊長、やりましょう」

 残った模造機乗りのうち、一人が言った。その意味を、ローワンはすぐに理解した。

 竜の武器は両足と牙だ。そして、残った模造機は四体。

 隊長として、自分がなすべきことはすぐに分かった。


「一斉攻撃だ。さん、に、いち……っ!」

 模造機たちが四方から竜へと突撃する。

 一瞬のうちに、竜は奇妙なダンスを踊るようにそれを迎え撃った。

 正面の乗り手は、竜に頭を食いちぎられ。

 左の機体は動力部をかぎ爪に引き裂かれて倒れ。

 右の模造機は、はじめから命を捨てるつもりだった。伸びてくる竜の足に盾を引き裂かれながらも、全身で抱き着いていく。


 そして、後ろから突撃をかけたローワンの槍が竜の胴を貫いていた。

 背中の鱗を徹して突き刺さった槍が、硬い肉の中へと押し込まれていく。

 小鳥が暴れるときのような耳障りな鳴き声をあげ、竜がもだえる。だが、3機の模造機に囲まれてのしかかり、逃げ場はない。

「くそったれぇっ!」

 最大出力をかけ、槍が竜の体を貫通した。地面へ縫い留めるように突き通し、黒い血で模造機が染まる。


 竜はもだえたのちに動きを止めた。そして、その体が灰となって崩れ落ちていく。

「は、はは……ざまあみろ。人間を甘く見るなよ」

 6機のうち、5機を失いながらも、竜を殺したのだ。報いた、とローワンは思った。

 彼らの魂は無駄ではなかった。喜びと悲しみを同時に感じながら、模造機は再び立ち上がり……


「襲撃ー!」

 再び、物見の叫びが聞こえた。

 ぞっとしたものを感じながら、ローワンは振り向き、そして絶望に目を見開いた。

 丘の下からは、たった今殺したのと同じ竜が駆け上ってきている。異様に長い脚、前脚のない体、ヘビのように伸びた首……

 その竜が、5匹。


 くるるる、る、くるるる。

 くるるる、る、くるるる。

 くるるる、る、くるるる。

 くるるる、る、くるるる。

 くるるる、る、くるるる。

 竜の鳴き声が重なり合い、砦にいるすべての人間の耳に届いた。


 ……砦の陥落が首都に知らされたのは、それから2時間後のことだった。

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