第11話 たたずむ巨人機
キャンディスの足取りは軽かった。
貴族出身でもない彼女にとって、王族の住まうカンドゥア宮殿へ立ち入ること自体、司書の任命を受けたとき以来である。
余談だが、大図書館の司書は騎士と同等に、国家に仕える身分である。それだけ、この国にとって図書館が、特に「禁書架」がもつ意味は重いのだ。
「お二人とも、門が見えてきました。私が話をいたしますから」
振り返ると、紫がかった髪がなびく。眼鏡ごしに、彼女は後に続く二人の人影……ロビンとソールを見やった。
「うわ、こんな近くまで来たの、初めてだよ。ほんとに真っ白だ」
「何かあった時には、ここが防備の中心になるわけか」
背伸びしながら尖塔を見上げる少女と、腕組して城壁を見回す青年。
キャンディスには、この二人がどうにも不思議でならなかった。
兄妹にはとても見えないし、ましてや恋人なわけはないだろう。
少女のほうは技師らしいから、青年が持つ巨人機を整備しているのだろうか。だとしてもどういう経緯で巡り合ったのやら。とても、そりが合いそうには思えない。
ともあれ、彼女からすれば宮殿へ上がるまたとないチャンスだ。
王族の覚えが良ければ、出世のチャンスも増える。もちろんそれもあるが、理由はもう一つあった。
それを思えばこそ、寝不足の頭にも活力が沸いてくる。
思わず踊りだしそうな足を、宮殿の巨大な門……巨人機だって両手を広げて通れる……の前で止める。
「司書様。何かご用ですか?」
司書の立場を示す短いケープに気づき、門番が声をかける。
「ええ。巨人機の乗り手をお連れしました」
キャンディスは後から来るソールを手で示し、胸を張って答えた。
その言葉を聞いた途端、門番の満面に驚きの表情が浮かぶ。
「あれのことがわかるかもしれません」
「し、しばらくお待ちを!」
門番は大急ぎで宮殿へと駆け込んでいく。前のめりの、短距離走さながらの慌てぶりだ。
「……そんなに大げさなことかな」
ロビンが小さくつぶやく。
確かに巨人機は珍しい。もし召し抱えることができれば、模造機を百も抱えるより価値がある。
しかし、ソールはこの国に仕官しに来たわけでもないし、乗り手がいるというだけで血相を変えるほどの反応は珍しい。
「何か、あるのか?」
ソールもあっけにとられた様子である。
「中に入れば、わかりますよ」
キャンディスは少しいたずらっぽく微笑んだ。
この二人も、きっと驚くことだろう。叙任式の日の自分のように。
そして、数分もしないうちに、中へ飛び込んでいった門番が戻ってきた。汗だくである。
そして、肩で息をしながらこう告げた。
「姫様たちがお会いになるそうです」
■
磨き上げられた白い石で形作られた宮殿は、その内側ではいっそう輝いて見える。
何やら立派な絵画や調度が飾られた通路で、ロビンは3歩ごとに足を止めそうになるのを必死に押さえている。
「な、なんか見慣れない世界すぎてくらくらする……」
「さすが王族、ですよね」
ひそひそと、キャンディスがささやき返す。
「ほんと。ソールもそう思うでしょ……」
と、視線を向けるものの。男は腕を組んだまま、案内の兵士のすぐ後ろを進んでいる。ロビンと違って、きょろきょろと周りを見るようなことはない。
「……なに、ソールって、こういうのに全然興味ないわけ?」
足を速めて背中に追いつくと、じいっと半眼で見つめる。
「それとも、王族の知り合いでもいるの?」
彼はその時になって初めて、ふたりの様子に気づいたようだ。
「え? あ、いや。驚いてるよ。こんなに見事なところは、初めて見る」
「こんなにって、それじゃまるで……」
「こちらです」
扉の前で兵士が立ち止まる。慌てて、口をつぐむ。
そして、扉が開かれる。
ロビンはどんな部屋に通されるのだろうと緊張していたのだが、その緊張は的外れだったことがすぐに分かった。
(……庭?)
芝生の緑が目に飛び込んできた。白い宮殿に目が慣れていたから、鮮やかな色合いに思わず顔をあげて……
「こんにちは、お会いできて光栄です」
二つの声が重なって、まるで一人の口から発せられたかのように錯覚しそうになる。それほど、よく似た声。
一方は黄、一方は空色のドレスに身を包んだ少女がふたり。
二人は、着ているドレスの色以外はそっくりだった。袖も、裾も、飾りも鏡に映したかのように同じ。そして、体つきも、顔立ちも、そっくり同じ。
だが、ロビンを驚かせたのは双子の美姫ではなかった。
彼女らの背後。中庭の中央に、それは立っていた。
胸に
すなわち、巨人機が。
■
「アリーナ様、マリーナ様。こちらは巨人機の乗り手ソール様と、技師のロビン様です」
キャンディスが一歩進み出て、二人を手で指し示す。
「あ、ああ。よろしく」
「は、初めまして」
光景に圧倒されているふたりは、目をしばたたかせながら、なんとか声を漏らす。
「ソール様、ロビン様。こちらは国王の愛娘、アリーナ様とマリーナ様です」
続けて、キャンディスの掌がドレスを着た二人を示した。
「初めまして、わたくしはアリーナと申します」
「初めまして、わたくしはマリーナと申します」
二人の姫が、まるで山彦が同じ声を返したのかと思うほどに、よく似た声音で名をかたり、ドレスの裾をつまんで頭を下げる。
「お会いできて光栄です、乗り手様」
「お噂は聞き及んでおります。鋼の竜を倒されたとか」
二人の言葉は、まるで一人が続けてしゃべっているかのようだ。
「ま、まあな。すごかったんだぜ」
王女たちに圧倒されそうになるのをこらえて、ロビンが細い胸を張って見せる。
「いや、当然のことをしただけだ。それより……」
ソールの視線は、美しい姫君たちの頭上に向けられていた。
そこに立っているのは、まぎれもなく巨人機だ。
ただし、全身が石のように暗い灰色に代わり、機石の輝きも失われている。
バーンよりも少しだけ小柄だ。装甲も薄く、細身に見える。バーンもマントを着けているが、この巨人機は地面に引きずりそうなほどに長いローブを着こんでいるように見えた。
「はい。この巨人機は先祖代々受け継がれてきたものです」
「わたくしたちの祖先、初代カンドゥア王が竜を撃退したといわれています」
二人の姫が目を伏せる。本来なら輝かしいはずの歴史だが、どこか言いにくそうだ。
「でも、カンドゥア王家に巨人機があるなんて話、今まで……」
ロビンのつぶやき。アリーナとマリーナの表情はさらに曇った。
「それは、初代より後にこの巨人機と魂をつないだものが誰もいないからです」
横合いから、キャンディスが告げる。
「っ……そ、その通りです」
黄色のドレス、アリーナが細い顎を揺らすように小さくうなずく。
「失礼。差し出がましいことを申してしまいました」
「いえ、そのためにソール様をお招きしたのですから」
空色のドレス、マリーナが視線をソールに注ぐ。
「初代の血を引く王家のものが何度試しても、巨人機はこのままなのです」
「長いときの中で、名前すら失われてしまいました」
二人が、そっくり同じように眉根を寄せる。
「お助けください、ソール様。どうか、この巨人機のことを知りたいのです」
ふたたび、声が重なり、姫君たちがソールに縋りついた。
「わ、分かったよ。そこまで言われなくたって……」
(ん? オレ、無視されてるな?)
と、ロビンは思ったが、確かに出る幕はなさそうなので黙っておくことにした。
大人だよな、なんて、自分の忍耐をこっそりほめて慰めておく。
「どいてくれ。バーンに聞いてみる」
アリーナとマリーナを左右にかき分け、ソールが進み出た。
すらり、と剣を腰から抜く。あかがね色の刀身が真昼の光を浴び、きらきらと輝く。
そのまま、灰色の巨人機に向き合わせるように掲げる。その柄には、巨人機の魂……赤い真機石。
「バーン。応えてくれ。この巨人機のことが、何かわかるか?」
静かに、目を閉じる。巨人機と乗り手の間のみにつながる、魂の絆。周りには聞こえないバーンの声を、ソールは確かに聞いた。
「……わかった」
そして、剣を鞘に納める。
「な、何かわかりましたか!?」
途端、キャンディスが興奮気味に声をあげた。
「なんであんたが聞くんだよ。流れがあるだろ」
「は……す、すみません。つい、興奮して」
勢いよく身を乗り出したせいでずれた眼鏡を直しながら、司書は一歩身を引く。どうやら、本当に思わず聞いてしまったらしい。
「あー、と。名前は、バーンにもわからない。知り合いじゃなさそうだ」
巨人機は心を持たない。そのため、魂のみで語られる彼らの声なき声を理解するのは乗り手にも困難なのだ。自信なさげに、ソールは頭を掻いた。
「ただ、別に壊れたり死んだりしてるわけじゃない。眠ってるだけだ」
アリーナが、ほっと胸をなでおろした。
「それでは、わたくしたちが呼びかければ動くかもしれませんのね」
マリーナが、がっかりと肩を落とした。
「それでは、わたくしたちを乗り手に選んでくれなかったのですね」
二人が顔を見合わせる。
「どうして、そう悲観的なの?」
「どうして、そう楽観的なの?」
似ているようで、ものの考え方が違うようだ。
「それだけじゃない。バーンの機石が、共鳴を感じている。ということは、こいつの魂は完全に閉ざされてるわけじゃない」
言葉を探しながら、肩越しに巨人機を見つめる。胸の機石。その中身は空ではないのだ。
「そ、それって、どういうことですか!?」
「だから、なんであんたが興奮するんだよ!」
再び身を乗り出すキャンディスを、ほかにやることがないロビンが押しとどめている。
「この巨人機は、目覚めたがってる」
ソールはひと呼吸おいて周りを見回した。
二人の美しい姫。
黒檀のごとき肌を持つ司書。
それから、オレンジの瞳の技師。
改めて、その場にいる男が自分だけであることに気づいて、ソールはなぜだか不思議な感じがした。
「ここにいる誰かを、彼が乗り手として認めようとしているのかも知れない」
そして、太い眉の間にしわを寄せて考え直した。
「彼、じゃなくて彼女かも」
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