第2話 鉛巌竜プルブルドゥム
光。
ソールの剣の柄にはめ込まれた赤い宝石が、激しく光を放っている。
すべては一瞬のことだった。
その光の中から、巨大な影が現れたのも。
ソールがその影の中に吸い込まれるように姿を消したのも。
そして、現れた「もの」が突進する竜を正面から受け止めたのも。
それは、一見して人に近い形に見えた。
兜のような形をした頭があり、二本の足で立ち、両腕で竜の突進を阻んでいる。
ただし、全身は白い甲冑のような装甲に覆われている。手足は異様に太く、反して胴は短い。
子供が遊ぶ人形のような、ヒトの形を誇張した体格。
背には赤いマント。衝突の衝撃で大きく閃いていた。
鋼鉄の巨人が、がっしりと竜の首をつかみ、地面に引きずり跡をつけながらも拮抗している。
「うおお……ッ!」
ソールの声が、その巨体から聞こえた。
「あれに……乗ってるんだ」
逃げ出すことも忘れて、ロビンは食い入るようにその光景を見つめていた。
「
竜の体高は5ルーメット、体長は少なく見積もっても10ルーメットはある。
それと正面からぶつかり、食い止めている巨人機は身長7ルーメットほどか。
体格差は歴然だ。それでも、押されていない。
「すごい……すごい力。どうなってんだ!?」
ロビンは技師だ。工作機械や
人間が猛牛の突進を食い止めるのと同じくらい、いやそれ以上のパワーを引き出している。その光景に魅入られていた。
「ああ、ここからじゃ、よく見えないな……」
さっきまで逃げようとしていたこともすっかり忘れて、ロビンはあたりを見回す。
ひときわ高い建物が目に付いた。その屋上まで行けば、もっと巨人機を観れるはずだ。
「……よし!」
思い立ったら、すぐに行動せよ。それは、短い人生の中で得た数少ない教訓の一つだった。
■
巨人機・バーンソードマン。
鋼の体と紅玉の魂を持つ守護者の中で、ソールは苦痛と高揚を感じていた。
「く、っ。さすが、でかい図体は伊達じゃないな!」
巨人機の乗り手は、愛機と一体化する。
巨人機の胸にある巨大な宝石のような箇所に乗り込み、肉体と魂を巨人機につなぐ。
だから、バーンが竜と組みあうことによる衝撃や圧迫を、ソールは同時に感じていた。
バーンの胸の中で、巨人機と同様の体勢を保ちながら、ソールは挑発的な笑みを浮かべた。
「今のお前には、こいつの相手はキツいか?」
それに応える声はない。だが、巨人機の瞳がひときわ強く輝いた。
「そうだよな。こんなところで、負けちゃいられない!」
愛機の声なき叫び、震えなき鼓動を感じて、男は大きくうなずいた。
バーンの太い両腕が、竜……プルブルドゥムの首に回される。
「う、お、お、おおおおおっ!」
叫び。バーンの太い脚が地面にめり込み、腕が竜を締め上げる。
全身の駆動部を一斉に働かせ、鉛巌竜の前脚を浮き上がらせた。
竜は呼吸をしない。生物ではないからだ。だから、首を絞めても殺せる相手ではない。
となれば、ソールの、バーンの狙いは……
「おおおおおりゃああっ!」
一気に体をひねる。むちゃくちゃなパワーで、四本足の竜を投げ飛ばしたのだ!
大通りの地面をえぐりながら、巨体が反転して打ち付けられる。もうもうと土煙が上がり、腹を天に向けた竜の姿を、バーンは見下ろしていた。
「一気に決めるぞ。
巨人機が腕を高く掲げる。
その手の中に光が集まり、一振りの長剣を生み出した。
■
「す、すげえや。こんなの、模造機なんか比べ物にならない」
3階建ての屋上まで上がって、ようやく見下ろすことができる巨人機の偉容。それを目にして、ロビンはどうしようもなく高鳴る胸を押さえる。
町の壁をあっさりと崩した竜を。家々を踏みつぶし、一晩で町ごと瓦礫に変えていたに違いない竜を、投げ飛ばしたなんて!
「それに、あの剣。魔法で作ったのかな。すごい、すごい! 巨人機は魔法も使えるんだ!」
思わず身を乗り出しながら、我知らず叫んでいた。
「炎よ! 剣に宿れ!」
ソールの声。さっき酒場で会った時は、ずいぶん妙なやつだと思ったものだけど。今は、世界一頼り甲斐のある声に聞こえた。
そして、その声が魔力を呼び起こしたのだろうか。掲げた銀色の刀身が、真っ赤に染まっていく。
単に色が変わったわけじゃない。陽炎を生み出すほどに赤熱しているのだ。
(そうか、あれなら……竜の鱗が硬くても、剣が通るぞ!)
赤熱した剣が竜の鱗を溶かし、突き立てられる姿を思い浮かべる。ざまあみろだ!
「行け、ソール! 竜を殺せ!」
我知らず、ロビンは叫ぶ。
その時、地面に倒れたままの竜の目が、妖しく光った。
■
「っ!」
今まさに、掲げた剣を竜に向けて振り下ろそうとした瞬間だ。
ソールは竜の異様な動きに気づいた。
起き上がろうともがいていた体の動きを止め、視線をある一点に向けたのだ。
いやな予感がした。反射的に、バーンの首を巡らせて背後を確かめた。
「行け、ソール! 竜を殺せ!」
無邪気に、というべきか、夢中で、というべきか。叫ぶロビンの姿が、ソールにも見えた。
「あいつ……ッ!」
判断は一瞬だった。剣を投げ捨て、代わりに竜とロビンの間に割り込む。
同時、竜が巨大なあぎとを開き、深淵のような暗い喉から猛烈な勢いで鉛を噴き出した。
「
両腕を組んで前に構える。その腕を覆うように光が集まり、大型の盾を生み出す。
「くうっ……!」
重い衝撃が、腕に伝わってくる。大量の鉛を浴びせられながらも、ソールはさらに盾を突き出して奔流を受け取んた。
「ま……守ってくれた、の?」
屋上で腰を抜かしたようにしゃがみ込んだロビンが、ぽつりと声を漏らす。
「逃げろって言っただろう!」
「ご、ごめん。足引っ張っちゃって……」
「そういう問題じゃない。死ぬところだったんだぞ!」
鉛の噴出は続いている。さっきの、人間を殺す程度の噴出とはわけが違う。
盾に阻まれた鉛が地面に垂れ落ち、大通りを覆わんばかりだ。
さいわい、炎の力を宿したバーンソードマンは溶けた鉛の熱で倒せれるようなことはない。
しかし、溶け落ちた鉛が足元を覆い、固まっていく。
「く、っ……しまった!」
歯噛みしても遅い。鉛に足を取られ、足をあげることができない!
盾を持つ手もまた、垂れ落ちる鉛にからめとられていく。
「これが狙いか……!」
鉛巌竜は鉛にまみれた巨人機に背を向けていく。
「あいつ、逃げるよ!」
轟音と震動を引き連れ、プルブルドゥムが駆け出す。
「待て……っ、くそっ!」
追いかけようとしても、鉛に足を取られて踏み出せない。なんとか引きはがしても、バーンの全身に鉛が付着し、重みで思うように走れそうにない。
その姿をあざ笑うかのように、竜は、自分がなぎ倒した瓦礫を踏みしめ、自分が開けた壁の穴を通って、黄昏が落ち始めた原野へと飛び出していった。
■
逃げ惑っていた人々もまた、巨人機と竜の戦いを、そして逃げ出す竜の姿を目撃していた。
「追い払った……のか?」
「私たち、助かったのね!」
「巨人機だ! 本当にいたんだ!」
幾人もの人々がバーンを取り囲む。鉛まみれの大通りにもかまっていられないという様子だ。
「ちょ、ちょっと下がっててくれ」
困惑の声に続き、バーンの全身が細かな光の粒子になって飛び散っていく。後に残ったのは、ロビンとはじめに会った時と同じ、剣を腰に差したソールの姿だ。
「巨人機の乗り手だ!」
「英雄だ!」
「ハンサムだ!」
何十人もが、その姿に歓声をあげた。
「いや、まだ倒したわけじゃ……」
「乗り手様!」
ソールは言いにくそうに口ごもるが、若い女が進み出てその両手を握る。
「どうお礼を言っていいか……町を、私たちを救ってくださったんですね!」
女は目に涙をためて感極まった声をあげる。その勢いに押されて、ソールは思わずうなずいた。
「あ。ああ……も、もう、大丈夫だ」
その返事が、さらに群衆を熱狂させた。
「やったぞ! もう竜は襲ってこない!」
「俺たち、助かったんだ!」
「生きててよかった!」
「巨人機、万歳! 乗り手様、万歳!」
声はいくつも重なり、街中の人々が喜びに涙していた。
たったふたり。その中心にいるソールと、その輪の外にいるロビンを除いて。
「どうするんだよ、これ……」
なんとなく皆の前に姿を表せず、屋上で伏せたまま、ロビンはぽつりとつぶやいていた。
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