第331話歎異抄 しかるに仏かねてしろ しめして、煩悩具足の凡夫と仰せられたることなれば
(原文)
しかるに仏かねてしろ しめして、煩悩具足の凡夫と仰せられたることなれば、他力の悲願 はかくのごとし、われらがためなりけりとしられて、いよいよたの もしくおぼゆるなり。
また浄土へいそぎまゐりたきこころのなくて、 いささか所労のこともあれば、死なんずるやらんとこころぼそくお ぼゆることも、煩悩の所為なり。
(意訳)
阿弥陀仏は、人間が煩悩に満ちているということを、よくよくご存知なのです。
それだからこそ、阿弥陀仏の救いの対象を「煩悩に満ちた凡夫である」とおっしゃられたのです。
念仏をしても、素直に喜びに包まれないような私たちのために、阿弥陀仏の悲願があるのです。
それがわかれば、ますます頼もしく安心できるではありませんか。
また、浄土へ急いで行ってしまいたいという心や、少しの病気で死んでしまうのではないかと不安になるのも、煩悩が原因です。
「疑いながらも念仏すれば往生する」
法然の教えで、兼好法師の「徒然草」にも書かれている。
煩悩から抜けきれない人間の迷い、疑念などは、阿弥陀仏は全て承知済。
それだから、「わが名を唱えなさい」、「迷っていても疑っていても浄土に迎えとります」と、誓ったのだと言う。
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