第321話養和の大飢饉⑥ 方丈記より
(原文)
仁和寺に隆暁法院といふ人、かくしつつ数も知らず死ぬることを悲しみて、その首の見ゆるごとに、額に阿字を書きて、縁を結ばしむるわざをなんせられける。
人数を知らんとて、四・五両月を数へたりければ、京のうち、一条よりは南、九条より北、京極よりは西、朱雀よりは東の、道のほとりなる頭、すべて四万二千三百余りなんありける。
いはんや、その前後に死ぬるもの多く、また、河原、白河、西の京、もろもろの辺地などを加へていはば、際限もあるべからず。いかにいはんや、七道諸国をや。
(意訳)
仁和寺の隆暁法院という人が、このような状態で人々が数がわからないほど死んでいることを悲しんで、その死者の首が見えるごとに、額に阿という字を書いて、仏と死者との縁を結ばせる成仏の行をした。
その、死者の数を知るべく、四月と五月に数えてみたところ、京のうち一条よりは南、九条よりは北、京極よりは西、朱雀よりは東の道のほとりにある死者の頭は、全部で四万二千三百に達した。
そのうえ、その前後に死んだ者も多く、また、河原や白河、西の京やもろもろの辺鄙な田舎などを加えると、際限もないことだと思う。
ましてや畿内を除いた諸国を加えるならば、途方もつかない数になる。
人口が増えた現代であっても、四万二千三百の死体が放置されているとなれば、どれほどの悲惨な被害であるのか、想像できると思う。
その死者の額に、一人ずつ「阿」の字を書いた僧侶の姿をどう思うか。
救われなかった人たちに、せめてもの弔い、浄土へと送り出そう、御仏にお迎えに来てもらおう、それも膨大な数の腐っていく死者の額に字を書き続ける。
これを仏行と言わずに、なんと言うのだろうか。
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