第320話養和の大飢饉⑤ 方丈記より

(原文)

またいとあはれなることも侍りき。

去りがたき妻・夫持ちたるものは、その思ひまさりて深きもの、必ず先立ちて死ぬ。

その故は、わが身は次にして、人をいたはしく思ふあひだに、まれまれ得たる食ひ物をも彼に譲るによりてなり。

されば、親子あるものは定まれることにて、親ぞ先立ちける。

また、母の命尽きたるを知らずして、いとけなき子の、なほ乳を吸ひつつ、臥せるなどもありけり。


(意訳)

また、とても心をうたれることがあった。

離れがたく愛する妻や夫を持った者は、その愛情が強くて深い者の方が、必ず先に死ぬ。

その理由は、自分の身より愛する相手のことを大切にしようと思うので、ようやく偶然手に入った食べ物をも相手に譲るため。

それゆえに、親子の場合は決まったことで、親が先に死んだ。

また、母親の命が尽きているのを知らずに、あどけない子どもが、そのまま母親のお乳を吸いながら、横になっている(息絶えている)姿もあった。


これが本当の愛の姿と思う。

これ以上の愛があるだろうか。

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