第319話養和の大飢饉④ 方丈記より

(原文)

あやしき賤、山がつも力尽きて、薪さへ乏しくなりゆけば、頼むかたなき人は、自らが家をこぼちて、市に出でて売る。

一人が持ちて出でたる価、一日が命にだに及ばずとぞ。

あやしき事は、薪の中に、赤き丹つき、箔など所々に見ゆる木、あひまじはりけるを尋ぬれば、すべきかたなきもの、古寺に至りて仏を盗み、堂の物具を破り取りて、割り砕けるなりけり。濁悪世にしも生れ合ひて、かかる心憂きわざをなん見侍り。

(意訳)

身分の低い卑しい者や山に住む者もついに力尽きて、薪までもが不足していくので、頼りにする方法がない人は、自分の家を壊して、薪として市に出して売る。

一人が持って出た薪の値段は、一日をしのぐ命にすら及ばない。

不思議なのは、売っている薪の中に赤い色がつき、箔などがところどころに見える木が混じっていること。

それを尋ねてみると、なすすべがなくなった者が、古寺に行って仏像を盗み、お堂の仏具を取り壊し、割り砕いたとのことだ。

汚れや罪悪の世にも生まれ合わせて、このように情けない有り様を見てしまった。


「一人が持って出た薪の値段は、一日をしのぐ命にすら及ばない」

これも、厳しい話になる。

また、「なすすべがなくなった者が、古寺に行って仏像を盗み、お堂の仏具を取り壊し、割り砕いた」は、通常の世であれば仏罰を恐れぬ犯罪行為になる。

しかし、とても、罪にするような気分にはなれない。


仏が「私を壊して売りなさい、生きられるだけ生きなさい」とまで、言ってくれているような気にもなってくる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る