第4話 龍
だから私は驚いたのだ。ある日彼が抱えて帰ったものを見て。
外はひどい土砂降りだった。バケツをひっくり返したどころでなく、前を向いて歩けないくらい。今日は誰も来ないだろう。私はそう、油断していた。
夕食の時刻、私は寮の食堂へ行くことが許されておらず、支給されていたわずかな食料を調理していた時だった。
「はい、どちら様でしょうか」
明らかに外の雨音と違う、ガラス窓を叩く音が聞こえる。お湯をかけた火を消す。一階の隅っこの古臭い部屋に尋ねるものは、私へのイタズラを図るもの以外滅多にいないからこそ、手に魔力を込めながら近づいた。
金色が窓からちらつく。
「え、ラムチェルド様? 何をしてらっしゃ・・・・・・」
「いいから、入れろ。早く。何か拭くものがあったら頼む」
急いで開けた窓から、彼は身軽に入り込んだ。私の近くにあった体を拭く布を渡すと、腕に抱えた白いものを包み込む。彼は雨水の滴る軍服を脱ぎ捨てながら、すまん、と呟いた。
「急にすまん。ちょっといろいろあって、な」
「いろいろって何でございますか?あ、お粗末で申し訳ございませんが、体拭いてください」
「俺は大丈夫」
「大丈夫、ではございません。風邪を召されますゆえ」
「それより、何かお盆とかはないか?奴をあっためねばならん」
奴?布に包まれたものをそっと覗くなり私は小さな悲鳴をあげた。細長い体つきに羽根がスッと伸び、気品ある面。苦しげな息が痛々しい。龍だ。それもまだ子供なのか小さな。
急いで沸かしていたお湯を盆に入れ、部屋の端に置いた水で人肌まで冷ます。龍を持ち上げて湯に入れると、小さく身震いをした。固く瞑った眼から透明な雫が零れ落ちる。
この子は生きてる。
彼と私は顔を見合わせてうなづいた。絶対に助けねばならない。
私は部屋の隅に整然と置いてあるボロ布をすべてもってきた。お湯からあげ、体を丁寧に拭く。泥が消えた白い鱗はチロチロと虹色に光った。
「すまないが、スープの肉、もらったぞ。味もまだ付いてないようだし」
「え?あ、構いません。食べますか」
「肉食が7割、草食が2.5割、残りは雑食などであり、至極稀に鉱物や土壌を食べたり、一切何も食べない龍もいるという。教科書1765ページ目に書いてあることだ」
目を見開く。まだ、授業で習ってないところだ。来週には習うはずのところ。慌てて開くと、そっくりそのまま書かれていた。
「なんだ。俺は教科書全て覚えるのが条件で魔法試験の免除をしてもらってる。驚くな。それより、毛布などないのか?」
「え。あ、いや。ありません」
「何だと? 」
「毛布など贅沢はできませぬゆえ、ありません」
今度は彼が驚いた。
「支給もされてないのか? 」
「贅沢ですゆえ」
「チッ。腐ってやがる。この学園は」
火打石のようにバチリと火花を放つように吐き棄て、彼は龍を優しく抱きしめた。眼差しは教室で見るとき以上に穏やかで暖かだった。
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