第3話 絵空事
それからというもの、彼はいつも私の側にいた。私を庇護するように、悪意の盾になるように。私より、ラムチェルド、彼自身への当たりが強いせいか、日に日に私への不意打ちはなくなっていった。また、彼の側にいるおかげで雑用も減った。
「痛みませぬか? いつも不意打ちされて」
癒しの魔法を彼の傷口に当てる。魔法が当てられたことでできた打撲だからすぐに治るけれど、私の経験上痛みはすぐには引かない。
彼は顔色一つ変えなかった。
「これくらいで痛いと騒ぐなら、剣士として最低だ。だろ? 」
「はあ」
あっけにとられて返事にもならない言葉が漏れ、慌てて口を押さえる。彼は明るく笑い、私の肩を叩いた。
「そう、畏るな。俺とお前は同級生、だろ」
「しかし、私は庶民でございます」
「庶民だろうが、貴族だろうが、ここには関係ない。ただ魔術を学びに来ている、学生だ。私は王の命令で魔力もないのに来ている。お前みたいなやつ、すごいと思うぞ」
彼のまっすぐとした言葉に私は面映ゆく感じ、顔を背けた。顔から熱が発している。手に持つ分厚い本を抱き締める。
「私は、すごくないです。ただ魔力が異常に高いんだ・・・・・・でございます」
ラムチェルドは苦笑いしながら、空へ目を移す。私もつられて、青い空を見上げる。空では仲よさげにセキレイが二羽歌い戯れながら飛んで行った。太陽がまばゆくて、つい、目をそらしたくなる。
雲が流れて行く中、彼がゆっくり口を開いた。
「なあ、龍って空、飛んでるだろうか」
「え」
「今日の授業で言ってたろ。魔法と使役する動物の話で。笑うなよ? 夢だから。俺の夢、な。俺、もし魔力があったらな、龍と親友になりたい。自由に空を駆けたいんだ」
笑い話だ。本当なら。龍は現在いるともいないともされる貴重な存在である上、彼には魔力がない、もしくは固く封印されて元に戻らないと見なされている。もし龍が現れたとしても、彼に懐くはずはない。龍たちは強力な魔力に惹かれて僕となるのだから。
「フィル、お前なら、きっとなれるんだろうな」
「いや、わたしなど」
「小人か? こうもりか? 猫か? あいつらの皮肉、いつまで聞くんだよ? お前はもっとはっきり反抗しろよ」
彼は穏やかだ。だけれども言葉自体は刺々しく、下手したら相手を立ち直れ無くさせてしまうほど鋭い。だからわたしは口をへの字に曲げた。
彼は困った顔でごめんと頭を下げてくる。慌てて首を振り、空を見上げた。
「龍。会いたいですね。夢、見ないと、楽しくないですから」
雲が風に乗ってゆったりと流れていく。彼の返答がなく、慌てて表情を伺った。彼は豆鉄砲を食らったように目を見開き、やがて柔らかな笑みを浮かべた。
「そうだな」
太陽の光で燦めく彼の金の髪の毛が風に乗って揺れる。わたしも笑みを浮かべ、ゆっくりうなづいた。
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