第2話 出会い②

 青年はあきらかに不機嫌そうな表情を浮かべていた。先ほどまで騒ぎ立てていた人間たちはいっせいに口を噤み、目を逸らしている。私は戸惑いを覚えていた。


「お前はだれだ」


 私の隣に来た彼の一言めだった。気圧されるような彼の金の瞳の光に、私はここ数日で身につけたクラスの決まり通り、平伏しながら答える。


「私めはフィルと申します。下卑た庶民の出のもの、いかようにお使い下さ・・・・・・」


「庶民、だからなんだ。その態度、俺の前だけはやるんじゃない。馬鹿馬鹿しい」


 吐き捨てるように言って、鞄を乱雑に机に置くと、そのまま椅子に座った。彼は私の隣の空席の主だった。金の髪の毛が午後の日差しに輝いてまぶしい。先ほどの彼の言葉を私は脳裏で何度も復唱した。俺の前だけはやるんじゃない。


 彼はどこの貴族の出であろうか。何となく周りは彼を畏れ、避けている雰囲気である。聞くことも憚利ながらも、気になって仕方ない。彼に聞くのはおそらく失礼にあたるであろう。


 後ほど先生に確認すればよいだけだ。私は椅子に座りなおした。


「皆、席についておるな。授業を始め・・・・・・、あ、あなた様は。今日は来られたのでございますか」



 先生の言葉遣いに私は目を見開いた。しかし言葉遣いと裏腹に、先生の視線は侮蔑に満ちていた。彼は片眉を上げたが、何も答えず目を閉じた。



「くれぐれもお荷物になりませぬよう。剣しかできぬあなた様の存在そのもののように」



 たっぷりと含まれた毒物のような言葉に私は吐き気がする。先生であるのに、そのような言葉を吐くのであろうか。周りを見渡せばそれが当たり前であるかのようなクラスメイトの様子に再び驚かされる。


お荷物ってなんなんだ。”存在そのもの”がお荷物ってどういうことなんだ。わけがわからず首をかしげる。誰かに聞こうにも私から声をかけることは昨日から禁じられているために、どうしようもできなかった。



「ほう。剣の腕しかない、お荷物、な。言い得て妙、だな。俺でなければ、お前の首は飛んでいただろう。いや、一発飛ばしてやろうか? 痛みも感じぬ様、一瞬で皮一枚残して終わらす自信はある」



それ以上の毒気が隣から放たれ、私は寒気を感じた。クラス全体、顔色を失い、おろおろし始めている。彼はニヤリと口だけを歪めた。



「一介の教師が王族へそのような口をきけるのは奇跡なのだから。ふふ。俺だからよかったな。それにしても、本当に馬鹿馬鹿しいやりとり。皮肉を言わず、さっさと授業を始めろ」



言葉は刃のように冷たい。彼の強さに先生は次の皮肉が発せぬらしい。渋々といった風情で授業を始めた。それにしても、王族? 彼は確かにそういった。


横目で彼の顔を盗み見る。つまらぬとでも言いたげに、金髪を指先で弄んでいた。教科書もノートもひろげてない。誰も咎めない様子から、おそらくそれが普通。私は、気にしないと心につぶやいて、ノートを広げた。


いつも通り一言も逃さずノートに書き写し、授業を終えた。


終わった。もう直ぐ学園からのつかの間の解放に、少し油断をしていたらしい。私は彼が覗き込んでいるのに気づかなかった。


「すごいな」「ひゃあ!? 」


私の悲鳴に軽やかな笑みを浮かべ、彼は私のノートを手に取った。


「一言も漏らさない、とは。書記官でもなかなかできぬ技だ」


面白いらしい。クラスに入ってから今まで気難しげな顔をしていた彼が柔らかく変化したのを呆然と眺めていた。儚い光を浴びた金髪が揺れる。


「お前、フィルって言ったな。フィル、俺はラムチェルドという。よろしく頼む」


「え? 」


差し出された掌は私の身分など関係ないというようだった。私は自然、彼の手を握り返した。


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