龍の翔ける空

カンナ

第1話 出会い①

私が彼と出会ったのは偶然にしては出来すぎている。今の地位にいることすら、あの頃の私からすると夢の話である。何も持たなかったあの頃の私は、彼は何でも持つ人間だと思っていた。しかし彼は立場が違えども、私と同じだった。いつの間にか仲良くなったというのは、おそらく必然。


 彼と出会ったのはそう、20年前にさかのぼる。私がまだ15歳のころ。庶民の出の私が魔術の才能が高いからと、貴族の通う、しかも国内最高峰の学園への編入が赦された、希望から絶望へと突き落とされた日だ。



「フィル、お前の魔力からすると、ここのクラスである。だがしかし、心得だけは忘れるな。お主の身分からすると恐れ多いお方々ばかりであり、ともに勉学に励むようなことは本来ならばできないのであるから」


「分かっております。先生、わたくし、周りには迷惑をおかけいたさぬように、懸命に勉学に励みます」


「うむ。よき心がけ。まあ、迷惑だけはかけるな」



 いよいよ戸が開く段になって、鼓動が早くなって止まらない。落ち着かねばとばかり、私は手のひらを握りしめ、深呼吸した。


 戸を開いた先にいたのは、私が着ている衣服よりも質の良い、華美な色模様で着飾った貴族の子弟たちだ。今までいた学園の人たちとは違って、整然と席につき、先生を待っている。先生の一言を聞きのがすまいと真剣なまなざしに私は気後れした。


「皆、朝の挨拶の前に。昨日も話したが今日から編入するフィル君だ。庶民ながら学業、魔力ともに優れた人物としてここに編入することとなった。よろしく頼む」


「「はい」」


「フィル君、君はあちらの空席、二席あると思うが、窓側だ。早く座りたまえ」


 自己紹介もしない間に促され、戸惑いながらも短く返事をした。窓側の空席に座るけれど、横に空いた席が気になる。誰も気にしてないらしい。先生さえも。私以外に編入する生徒もいないということは、もともと休みがちな生徒であるようだ。周りと同じように、黒板に目を向ける。今日最初、初めての授業は魔力の歴史についてだ。貴族の学園であり、国内最高峰の学園でもある授業だと期待していた。だが、内容自体、町角の語り屋の爺さんの昔話と変わらず、むしろ退屈な授業に内心がっかりしながらも、遅れまいと先生の言葉一言も逃さずノートに書き留めていった。


 そうこうしているうちに休み時間もすぎ、放課後がやってきた。誰一人として私に話し掛けもしない。やはり身分に差がありすぎるからであろう。それ以上に私の姿が人と異なることも手伝っているのだろうか。周りの茶髪と異なって、儚い雪の積もった銀世界のような髪の毛はあきらかに浮いていることは私自身感じていた。


 私から声をかければ興味津々と観察する視線と冷たい視線が交差していく。


 誰かしら話せる人を作らねば、今後の学園生活で大変であろう。


 焦りにも似た思いで、クラス何人目かの人間に声をかけた時だった。


「庶民君、だな。君から声をかけることも俺様が声をかけることも本来は許された事でないけれども、クラスメイトとなったからには仕方なかろう。庶民風情がこの学園に編入されてお金も免除されてんだろ? 足を引っ張った際には厳しいお仕置きがあるからな。まあ、せいぜい下っ端として俺様たちの役に立つんだな」


 面と向かってそういわれてしまい、しばらく私は何も言えなかった。ぼんやりとしている間に、彼らは去っていき、クラスには私一人しかいない。明日からどうしたものか。どうしようもないさみしさに、唇をかみしめた。


 翌日からはクラスの人から話しかけられるようにはなった。しかしながら、次の日も、また次の日も、ほとんどが雑用、使いっぱしり、魔術の試し打ちの標的などだ。体中あざができようとも、また普通ならば立ち上がれないほどの量の魔力が込められた術を当てられようとも、私の持つ魔力のおかげか今まで一度も倒れたことはない。それが癇に障るのか、歩いているだけで不意打ちをされるようになってきた。また、雑用も日に日に多くなってきている。


「対処しきれないわけじゃないな」


 下町にいたころ、子供の世話を焼いていたころよりもましである。勉学の時間も、睡眠時間も削られながら必死に生きていたのだから。隙間を縫って学問に取り組んでいるおかげか、クラス上位にいつもいる。今日も何とか小テストでよい成績を残した。何とかクラスの迷惑をかけずに済んでいる。


 安心の息をつきつつ、最後の授業を迎える準備をした時だった。



「久々にあのお方が来る」


「まじか。来なくてもいいのに」


「あんな奴が・・・・・・恥だろ」



 誰の話だろう。クラス中が騒がしくなった。首をひねりつつ、準備を終えて席に座った時だ。扉が開け放たれる。眩いくらい輝く金の髪が揺れる青年が立っていた。

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