第廿三篇 再発防止条約

 条約交渉というものは一筋縄でいかないのが通常であり、ありとあらゆる駆け引きが文言という形をとって縦横無尽に闘わされ、生み落とされる条約文は構文芸術の域に達する。

 二ヶ国間ですらそうなのだから、多国間条約交渉ともなれば、会議は踊り、結論など彼岸の彼方の形而上の存在と成り果てる。それがまとまるのは、全参加国共通の敵が現れた時くらい。

 例えば、そう、エルバ島から悪魔が逃げ出したり、とか。

 それがこれまでの常識だった。

 しかし、世界大戦を経験した世界各国は、根本的に考えを改めるに至った。大戦勃発の原因の一つは、多国間国際協力の薄さに原因があった。事前にもっと関係諸国が集まって腹を割って話し合っていれば、避けられた悲劇もあったかも知れない、と。

 大戦後に設立された常設国際機関〝アライアンス〟は、国際平和を醸成する機関として期待され、その期待に応えようと最初の奮闘を遂げようとしていた。

 とはいえ、何分初めての作業ということもあり、議論は入り乱れ、分野ごとに分科会が設置され、さらに作業部会が毎日紙束をインクで汚し、翻訳者たちが一言一句を正確に複数言語で記述しようと辞書をひっくり返す日々だ。

 その途中経過を僅かなりとも取材していた身からすれば、こうして調印式の日を迎えられたのはある種の奇跡ではないかと思う。それだけ、関係各国には万難を排して条約を締結すべし、という鋼よりも硬い意志があったことは疑いないだろう。

 昨日までの喧騒が噓のように静まり返ったアライアンス本部の廊下で、喫煙所(アライアンス本部は安全保障上の要請から火気厳禁なのだ!)へ向かう道すがら、馴染みの顏を見つけることができたのも、一番困難な時間が過ぎ去っていたからこそだろう。

「驚きました。あなたのような方がこの場におられるなんてね」

「それは私の台詞だよ。分野ハタケが違うんじゃないのかね」

「はは、それはそれ、応援要員というやつですよ。手が足りないので、少しでも関わり合いのある部署の記者は総動員です。そちらも?」

「もちろん私は本来の仕事だよ。何しろ我々は外務省の外局だからね。外交交渉は本業というものだよ」

 に勤める顏見知りの老人は、洒落た言い回しで韜晦したが、もしかしたら本当のことだったのかも知れない。まあ、あの老人に物を尋ねて素直な答えが返ってきた試しなどないのだが。

 だから私は独自の解釈を交えて鎌をかける。

「なるほど、史上空前規模の国際条約の締結には、の一つや二つ、必要だったということですか」

「馬鹿を言うものではないよ。桁が二つ違う」

 真面目くさった顏でそんな軽口を飛ばしてくるのも、条約の調印式が秒読みとなったからだろう。すでに彼らの仕事は終わったというわけだ。

「しかし大した偉業ではありませんか。これだけの加盟国が調印する条約は史上初めてと言って良い。それに関わることは名誉なのではありませんか」

「名誉……名誉か」

 途端に老人はくらい声で呟いた。

「このような仕事に名誉などあるものか」

 ああ、この感触には馴染みがある。あのことを、あの大戦を反芻する時に特有の空気。

 血と鉄と硝煙を泥の中で撹拌してできた地獄を覗き見た者たちが時折見せる、狂気に耐える姿。

 私にも、憶えがある。

「救えなかった者のことより、これから救われる者のことを想いましょう」

 せめて。未来には同じ過ちを繰り返すまいと誓うのだ。


 戦後、対帝国軍事同盟を基として発足したアライアンスには、設立当初から二つの大きな柱があった。

 一つは核管理。

 大戦終盤において帝国東部方面軍を壊滅に追いやった新兵器は、使い方によっては人類をも滅ぼすことが可能な超兵器であり、これの安全な管理と、核技術の平和利用は急務とされた。しかし一方で合州国一国がこれを専有する状況では合州国の国際影響力が大きくなり過ぎるという懸念から、徹底した交渉の引き伸ばしとその裏での熾烈な核開発競争が進んでおり、一体いつ話のテーブルに関係国が会するのかすら定かではなかった。

 だからというわけでもないだろうが、もう一つの柱に関しては、各国とも積極的に妥結・締結へ向けて力を注いで見せていた。

 アライアンス設立時のもう一つの柱、即ち、子供の権利の保護だ。

「児童の権利に関する条約」、通称「子供の権利条約」とされるその条約交渉は、核管理体制構築が進まないことへの代償だとでも言うかのように、各国から様々な妥協が提示されて条文の完成に漕ぎ着けてみせた。何しろ「児童」の定義からして各国で異なっていたのを擦り合わせたのだ。魔法だとも言いたくなる。

 しかしそれを要求したものもまた大戦の悲劇だった。

 大戦序盤で人的資源を磨り潰した列強各国は、大戦終盤には老人と子供を根こそぎ動員する羽目に陥っており、少年少女が戦闘に投入され、悲道の限りが尽くされた。かくいう私も、最後の帝都攻防戦〝火の三週間〟の最中、粗末な衣服に腕章を付けただけの少年兵が、肉壁のごとく掃滅されるのを何度も目撃している。

 帝国以外でも義勇兵やレジスタンスとして幾多の子供が参戦し、幼い命を散らしていた。直接戦闘に参加していなくても、〝大祖国戦争〟の美名の下、あらゆる社会資源が戦争に收奪された連邦では、飢えや寒さに殺された子供は文字通り数えきれない。

 その有様は筆舌に尽くし難く、今もって尚、筆を執ることに躊躇ためらいがある。

 彼らが怯えていたから、脅されて無理やり従軍していたからではない。むしろ逆だ。彼らが真摯に、愛国心に燃えて、国を、親兄弟を、隣人を守ろうと、あまりにも素直にその身を戦の炎にべていったからこそ、それは惨劇だったのだ。

 子供の純真さが戦争へ向かった時の、悲劇的結末。

 彼らは大人に言われるがままに世界の神話を信じ込み、疑うことを知らない無垢な魂のまま銃を取ったのだ。敵だというだけで殺すことに疑問を抱かず、差し伸べられた手すら敵だと言って拒絶し、自爆すら厭わぬ純真さは、悪魔の所業すら及ばぬところにあった。

 子供の兵士チャイルドソルジャーの悪夢にうなされる帰還兵の話は噓でも冗談でもなく、砲弾シェル神経症・ショックと並び各国が治療に苦慮している症状の一つだ。

 我々生き残った大人は、二度と再び、あのような悲劇を繰り返してはならないと、固く心に決めたのだ。

 戦争はなくせないかも知れない。しかしせめて大人同士でやるべきだと。

 その決意を体現したのが、条約第三八条だ。


一、締約国は、武力紛争において自国に適用される国際人道法の規定で児童に関係を有するものを尊重し及びこれらの規定の尊重を確保することを約束する。

二、締約国は、一五歳未満の者が敵対行為に直接参加しないことを確保するためのすべての実行可能な措置をとる。

三、締約国は、一五歳未満の者を自国の軍隊に採用することを差し控えるものとし、また、一五歳以上一八歳未満の者の中から採用するに当たっては、最年長者を優先させるよう努める。

四、締約国は、武力紛争において文民を保護するための国際人道法に基づく自国の義務に従い、武力紛争の影響を受ける児童の保護及び養護を確保するためのすべての実行可能な措置をとる。


「第三八条の規定には、全面的に賛成します。子供を戦場に駆り立てるなど間違っている」

 喫煙所で紫煙をくゆらせながらそんなことを話すと、老人は葉巻を嚙じりながら揶揄の言葉を投げかけてくれた。

「それは実に人道的なことだ。羨ましい」

 この捻くれ切った老人といえども、人道的価値観くらいは共有できると思ったのだが、そうではなかったようだ。

「ではお尋ねしますが、子供の権利条約に人道以外の要請があったとでも言うのですか?」

「無論それはだとも」

 実益。

 条約の崇高な理念に対し、あまりにも俗な言葉が飛び出してきたことに鼻白む。

「〝実益〟という言葉はお嫌いかね? では言い換えよう。〝費用対效果〟だと」

「まるで子供の命を金貨で量っているようで、気分の良くない言い方ですね」

「ああ、それが勘違いだというのだ」

 老人は私を哀れんでみせた。

だよ。子供が子供らしく健やかに育てられなければ、巨大な損失を社会に対して生み出す。故に我々は子供を保護し、悲惨な現実から遠ざけ、夢と希望を与えなければならない。そう確信するに至ったのだ」

 疲れ果てた老人の表情に、私ははっとさせられた。この老人とて、視座は違えどもあの悲惨な戦争の経験者だったのだ、と。人道などという綺麗事では説得できない相手を、そうやって丸め込んできた果てなのだ。

「……失礼。なんというか、その、貴方の口からそのような言葉が出るとは……」

「ああ、君には理解できまい。だが、我が連合王国や合州国は、そのことを痛いほど――本当に本当に、この上ないほど――痛感したのだよ」

「ああ……」

 今も続く旧帝国の混乱は弱者を直撃しており、連合王国と合州国は、他の同盟国がともすると報復感情に駆られるのに対し、女性や子供の保護に奔走していることは、私もよく知っていた。そのために投入される物資は、下手をすると戦時中に軍団を動かすよりも費用がかかっているくらいだ、と伝え聞く。

 戦争は終わった後の方が余程大変だ、とは、今次大戦の貴重極まりない、そしてあまりにも代償を払い過ぎて得た教訓だろう。

「二度と再び、人形の代わりに宝珠やライフルを握りしめる子供を生み出してはならないのだ」

「よくわかります」

 私は感動のあまり、この老人の真意を一度でも疑った自分を恥じた。

 それは単なる手段の違いに過ぎなかった。

 来るべき未来を価値あるものにするために、この老人も戦っていたのだ。

「この条約によって、未来の不幸が減らせることこそが成果でしょう」

「そうかね。私には減るようには思えないが――」

 最後まで老人は悲観主義の虜だったが、それはきっと職業病というものだろうと私は判断した。

「これ以上増えなければ、それでいい」

 老人は最後にそう付け加えたのだから。

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