第十五篇 戦史考証

 その日、オラニエ公国アムスルテル郊外の演習場には奇妙な集団がたむろしていた。

 今では迷彩服に取って代わられて使われなくなった旧式のカーキ色の制服を纏った集団は、ご丁寧なことに旧式の銃を担ぎ、敢えて制服を汚すために行軍や匍匐前進を繰り返していた。

 そんな光景の中、案内された大型天幕の入口を潜った彼は、即座に不機嫌になった。

「ようこそ、大佐カーネル

「また偉くなったようですな、中将閣下」

 大佐と呼ばれた平服の男は、オラニエ公国軍の軍装を纏った中将閣下に敢えて敬礼せずにもう一人の相手に挨拶をした。

「呼ばれたから来たが、もう帰っても良いか?」

「待ってください! 大佐殿をご推薦下さったのが中将閣下なのです」

「ちっ」

 まったく隠さずに舌打ちする大佐。

 二人を呼び出した男は恐縮しきり、といった風体で椅子を勧め、炭酸水の瓶を二人分用意してみせる。

「外のアレは、中将閣下の手配ですか?」

「ああ、そうだ。公国は本映画の撮影に全面協力することになっているのだよ」

 映画のエキストラとして、本職の兵隊を動員するのだという。

 本日はその予行兼パイロットフィルム作りなんだとか。

 アホか。

 大佐は内心毒づく。任務として走り回される兵隊たちが可哀想だった。

「で? 中将閣下が出張ってこられておられるなら、自分の仕事などありそうにないもんですが」

「相変わらずの毒を吐く」

 わかっているだろうに、と中将は鼻を鳴らす。

 顎で示したのは、天幕の中央の大机。その上に広げられたオラニエ全土を網羅した地図だ。

 日付、部隊記号、線と矢印、バツ印、髑髏のマーク。

 ちらっと目に入れただけで、右腕に痛みが走る。

「何を勘違いしているかわからないが……」

 自分を呼び出した映画関係者、助監督だという男に大佐は言い放つ。

「当時の俺はただの大尉キャプテンで中隊長だった。戦略なんてのは関わってないぞ」

 ついでに言えば、大佐の階級も戦後貰った名誉階級、むしろただの称号だ。彼自身、

 連合王国陸軍第一多国籍義勇空挺連隊所属オラニエ義勇兵。

 連合王国に逃げた亡命オラニエ公国政府が、殆どアリバイ作りのためだけに作った部隊であり、実働戦力はほぼ一箇中隊。その指揮官が当時大尉だった大佐であり、中将は当時の亡命政府の軍事大臣だった。

 たまたま連合王国に留学していた彼は、祖国の占領と政府の亡命によって戦争に巻き込まれ、高学歴であるという理由で士官となることを求められた。そして彼はその全実働戦力を与えられてガーデンマーケット作戦に送り込まれた。

 理屈はわかる。

 連合王国や共和国、合州国がオラニエを解放するべく戦いに臨むにあたって、オラニエ人が肩をならべずにどうするのか、と。実際、当時の大佐はその言い分はもっともだと思ったし、部下一同、異論を挟む者は皆無だった。

 だからこそ、自分たちが半ば足手まといだと思いつつも、厳しい訓練を受けて空挺作戦に従事したのだ。

「いいえ、戦略や作戦といった次元は、考証担当が史料を元にまとめています」

 助監督は作戦地図を示しながら説明する。

「私達が大佐殿にお願いしたいのは、実際の戦闘に参加した経験を元にした、〝監修〟なのです」

「そのためには実戦に参加したオラニエ兵の協力がどうしても必要なのだ。分かるだろう、大佐?」

 この中将は亡命政府内で椅子を尻で磨いていた。

 それも理解できることだ。

 だが。

「それなら俺よりもっと適任者がいる」

 あの日、あの時、あの戦場を、誰よりよく知っている者たち。

「軍人墓地に行きな。第一多国籍義勇空挺連隊所属オラニエ義勇兵二二六名。みんな揃ってる」

 あの日、祖国奪還の希望に燃えて共に降下した男たち。生き残ったのは、生き残ってしまったのは、彼一人だった。

 失った右腕が、激しく痛んだ。


 作戦は大胆不敵。

 後退する帝国軍は追撃してくる同盟軍を足止めするために、国際河川にかかった大橋を落とすことが予想された。同盟軍はこれを阻止するために敵陣深くに空挺降下を行い橋を確保する。ただし、空挺部隊はそれ自身は軽歩兵であるため拠点防衛には向かない。彼らが橋を確保する四八時間のうちに、機甲が突進して空挺に合流する。

 成功すれば戦史に残る大作戦になったことだろう。また、帝国へと続く進撃路が啓開され、戦争の大幅な短縮が見込まれた。

「クリスマスまでには終戦だ!」

 多くの兵士たちがグライダーの中でそんなことを言っていた。

 帝国は長期の戦争で疲弊し、南方大陸からは撤退、東部では連邦と難戦し、そして西部ではノルマルディア上陸作戦以降、フランソワ共和国を手放し尚も後退していた。

 共和国の次はオラニエ解放だ。

 誰もが意気込んでいたし、帝国の敗勢は明らか。楽観論が軍に蔓延し、作戦の成功を疑う者など余程の偏屈者だけだ。

 大佐自身も五箇師団規模で行われる空挺降下の規模に慄き、帝国は為す術なくオラニエを手放すに違いないと信じていた。

 今思えば、なんと浅はかだったことだろう。

 作戦全体の五箇空挺師団に対し、航空魔導師が一箇中隊と聞いた時に、不安を覚えるべきだったのだ。

「航空魔導師はノルマルディアでの損害をうけて再編中で、一箇中隊を捻出するのが限界です」

 オラニエ兵代表ということで階級を無視して末席に座らされた作戦会議。連合王国の魔導師が仮面の如き無表情でそう告げるのを、ぼんやりと聞いていた。

 ノルマルディアでは激しい航空魔導戦が繰り広げられ、連隊規模の魔導師が損耗したという。しかし逆を言えば敵にも相応の損害を与えているわけで、本作戦ではノルマルディアほど大規模な航空魔導戦は想定されていなかった。

「一箇中隊だと? たった一二名ではないか」

 総司令官のモントンメリー元帥がもっと出せ、と魔導師をなじったが、彼は頑として首を振る。

「無理をすればもう一箇小隊くらいは出せるかも知れませんが、それが限界です。充分な魔導師を揃えるには、半年お待ち下さい」

 連合王国、合州国、共和国、協商連合といった同盟諸国の魔導師を搔き集めても一箇中隊、というのは恐るべき話ではあった。歴史の浅い兵科であり、何より〝才能〟に依存する魔導師は、一旦損耗すると補充が大変難しいのだ。

「それでは機を逸する!」

 だが、味方が苦しい時は敵も苦しい。こちらが再編に時間を費やせば、敵もまた再編を終えてしまう。何しろ帝国は戦上手だ。

「已むを得ん。その一箇中隊、先鋒で使い倒すぞ」

「ご隨意に」

 どこか投げ遣りに、その魔導師は応じた。

 機動性の代償に重火器を持てない空挺部隊に火力と防禦力を与える目的で魔導師を組ませるのは、この大戦で確立したセオリーと言っても良い。それが与えられないことは空挺部隊にとってはかなりの戦力低下となるが、その分機甲部隊が無理をして全戦域で陽動作戦を敢行することで帳尻を合わせることになった。

 それでも然程の不安を覚えなかったのは、結局のところ、帝国軍がずるずると後退していたからに他ならない。帝国軍は戦意を喪失しており、敵の防衛指揮官が航空機からの機銃掃射で戦死していたことも、それを補強していた。

 あと一押だ。

 そう信じて、彼らは機上から飛び降りたのだ。


「史上空前の規模の空挺作戦に対し、帝国は非道な対応を採った」

 手元の資料を確認しながらの助監督に頷き返す。

 作戦は順調だった。

 虚を突かれた帝国軍は後退再編を指向し、目標の橋は次々と同盟軍の手に落ちた。

 あと少し。

 勝利は間近に見えた。

 だが帝国軍は腐っても帝国軍だった。

 奴らは戦略的劣位を察知するや、戦略環境を一変させる手を打った。

 工兵隊による、堤防の爆破。オラニエは低湿地を干拓して作られた国だ。堤防を複数箇所で大規模に決壊させられた結果、国土の大半が水浸しになり、機動力は大きく削がれた。

 来るはずの戦車が、来れなくなったのだ。

 この時点で橋など何の戦略的価値もなくなっていた。何しろ道がなくなったのだ。

 同盟軍は大混乱だ。

 水と泥濘によって僅かな高台に分断され、進むことも退くこともままならず、補給も連絡も途絶えたまま持久戦を強いられる空挺部隊。

 これを救わんと遮二無二突っ込んだ増援部隊は帝国軍に次々と迎撃された。

「わからないのはその先です。オラニエが水浸しになった、それはわかります。しかし条件は同盟軍も帝国軍も同じではなかったのですか?」

「孤立したって点では確かに帝国軍も孤立した部隊はいた。だが連中には砲も戦車もあったが、こっちにはなかった」

 空挺部隊は軽歩兵だ。迫撃砲やロケット砲くらいまでは持ち込めても数には限りがあったし、何より装甲がなかった。

「当時、制空権は同盟軍にあったのですから、航空支援は受けられなかったのでしょうか」

「航空支援はあったが、足りなかったのさ。戦域を広くし過ぎたし、何よりオラニエを空爆するのは不可能だった」

 空中投下による武器弾薬食料等の補充といった航空支援がなかったら、もっと早くに彼らは全滅していたことだろう。航空機で運べるものには限りがあるし、航空機の数にも勿論限りがある。また、オラニエが帝国占領地であり解放対象であることから本格的な空爆ができなかったことも、同盟軍の手足を縛った。パイロットは疲弊し、飛行機は故障する。時間が過ぎるにしたがって、状況は悪化し続けた。

「そして何より、魔導師だ」

 航空機より低く、低速で、小回りが利き、どんな小さな陸地にも着陸できる航空魔導師は、冠水したオラニエにおいて最強の狩人だった。

 冠水した市街地を匍匐飛行する魔導師は対空砲火で狙うには低過ぎ、発見した時には既に接近され、あとは蹂躙されるだけだった。

「それも謎な点です。帝国の魔導師は、払底していたのではなかったのですか?」

「俺もそう聞いていた。同盟の二箇魔導連隊が一箇中隊になるほどの激戦だ。帝国の魔導師も相当の損害を受けていたはずだ、とな」

「そうではなかった?」

「ああ、違った。帝国は師団規模の魔導師を投入してきやがった」

 無線は助けを求める声で溢れ、指呼の距離にいる水で分かたれた仲間たちが次々と爆炎に包まれていく。上級司令部が櫛の歯が欠けるように沈默していき、朝起きると夜の間に近隣の部隊が全滅している。

 あらゆる面で、帝国が同盟軍を翻弄していた。

 そして破綻が訪れる。

 市街地を巻き込んだ猛烈な砲爆撃戦が幕を開けてしまった。公式記録では帝国が先に手を出したことになっているが、一部では守勢に立たされた同盟軍の一部が堪え切れずに口火を切ったのだとまことしやかに伝えられる。

 ともあれ、麗しのオラニエは、業火に包まれた。

 堰を切ったように始まった砲爆撃の中、逃げ惑う市民は〝パルチザン〟として撃たれ、狭い範囲に入り乱れる敵味方は同士討ちを乱発させた。

 弾薬の尽きた第一多国籍義勇空挺連隊は銃剣で戦わざるを得なくなる。それは近代戦における原始の戦いだった。

「多大な犠牲の果にオラニエは解放された? バカ言うんじゃねぇよ。必要な時間を稼いだ帝国が綺麗にライン戦線まで後退しただけだ」

 帝国にとって必要だったのは、ラインの塹壕線を整備し、再稼働させるまでの時間だった。早い話、何もしなくても時間が来れば帝国はライン戦線まで後退したことだろう。

 一方で同盟側は投入した五箇空挺師団に加え、援軍の第四軍までもを丸ごと失った。

「ガーデンマーケット作戦は、不要な作戦だった。仲間たちは無駄死にだった」

「それではいかんのだよ、大佐」

 大佐の語りを苦々しく聞いていた中将が、くちばしを挟んでくる。

「義勇兵の死は、オラニエ解放のための崇高な犠牲であった。そうでなければならん」

 クソ喰らえだ、と戦場言葉で応じそうになったが、ギリギリのところで持ちこたえた。

「プロパガンダ映画なら、俺の意見なんか聞かなければ良い。いくらでも伝説を作ればいいだろうに」

「監督や製作側の意向はそうではないのです。できるだけリアルに、忠実に戦場を描きたいと」

 真剣な顏の助監督には悪いが、そんなのは悪魔を聖女として描くくらいには難しいと大佐は感じていた。

「それに……その、大佐殿には大変ご負担かと思うのですが」

 言い辛そうに淀んだ助監督が、地図をちらりと見た。

「帝国側の資料の散逸によって、オラニエの戦いに参加した帝国側魔導師の情報が殆どないのです。実際に目の当たりにされた方の意見はどうしても貴重でして」

 第二次ライン、そして火の三週間といった激烈な戦いによって帝国側の資料は悉く焼尽し、考証担当は断片的な記録や証言から帝国側の動きを苦労して再現しているのだという。

 大版の地図に書き込まれた部隊の動きは、同盟国側の部隊が綺麗な線を描いているのに対し、帝国側は突如現れ、突如消える、まさに神出鬼没。だがある程度の軍事的知識があれば、そこには師団規模の魔導師の存在が透けて見える。

 左手の指が、第一多国籍義勇空挺連隊所属部隊の動きを地図上でなぞる。

 部隊記号を見るだけで、懐かしい顏が思い浮かぶ。

 即死した者はまだ幸運だった。破片ではらわたをぶちまけ、何時間も苦しんで死んだ者。肺を撃ち抜かれ衛生兵が必死で止血する中、血泡の中で溺死した者。両足を吹き飛ばされながら匍匐して味方に近付こうとして力尽きた者。両目をやられ部隊に帯同できなくなり、手榴弾を渡すしかなかった者。

 凄惨などという言葉では到底言い表せない地獄がそこにはあった。

「大佐殿が魔導師と遭遇されのは、こちらで間違いありませんか?」

「ああ、よく調べてある」

 場所、日付から時間に至るまで、忌々しい程に正確だ! 辛うじて「部隊」だった集団が、敗残兵の集合体に変わった瞬間だ。

 この時点で連隊主力とははぐれ、部隊の戦力はほぼ消滅しており、遭遇戦などと呼ぶのもがましい。帝国魔導師からしてみれば、移動経路上で目に付いた敵兵に一発ぶっ放していっただけのことだろう。

 結果は被害甚大。なんとか搬送していた負傷者の大部分がそこで戦死者に変わり、搬送側だった者たちが代わりに負傷者になった。

 大佐の右腕も、その時に。

「今でも思い出すよ。帝国の魔導師たちの悠々とした飛行をな」

「それもお願いしたいところなのです」

 助監督は時計を見て時間を確かめると、天幕の外へと二人をいざなった。

「戦後の連邦共和国では戦前の帝国とは違った装備と教育が行われているそうで、今では当時の魔導師の動きを再現できないというのですよ」

 それだけではなく、魔導師という兵科そのものが時代遅れのものとして、衰退の途上にあることくらいは軍を離れて長い大佐も知っている。別の言い方をすれば、あの大戦が魔導師の黄金時代だった。

「八方手を尽くして、当時の魔導師の動きを再現できないか、手配したんですが、実際どの程度の再現度なのか、ご確認いただきたいと思いまして」

「そんなことができる連中がいるとしたら、名にし負う連合王国の海兵魔導師くらいじゃないのか」

「まあ、あちらは流石に撮影には協力いただけませんでして」

 余程プロパガンダ的な効果が見込めるならともかく、連合王国とて何も帝国魔導師の役をやりたいとは思わないだろうと、大佐は同情した。

「それで合州国にある、とある民間企業に辿り着きまして」

 なんでも軍のアグレッサーを務めるような腕利き集団が集まった民間軍事企業だという。

「向こうは相当自信があるようなんですが、監督が実戦参加者に見てもらえと言って聞かなくて」

「それっぽく見えれば良いんだろうに」

 拘りも行き過ぎれば映画を破綻させかねないと思ったが、所詮は他人事だ。

「予定では東から飛んでくるはずですが……」

 助監督の視線が何度も時計と東の空を往復する。

 東?

 本当に連中を真似るのであれば、高度はむしろ低く……。

 屋根より低いくらい高度に、ぽつぽつと見える点。

「敵襲!」

 全く反応していないエキストラたちに対し思わず叫ぶ。

「遮蔽物に隠れろ! 固まるな、散開しろ!」

 一箇大隊三六名の魔導師が、超低空を綺麗な陣形を描いてすっ飛んでくる。

 やばい、連中はやばい!

 フォーメーションが綺麗に散開し、三箇中隊に別れた魔導師たちが演習場の兵隊たちを押し包む。

 呆然と空を見上げ、何の反応も示せない兵たちを、次々と術式が襲う。もちろん、本物じゃない。ただのスポットライトだとわかっていても身の毛がよだつ。

 僅かに数秒。

 その間に全員に光を照射した魔導師たちが、悠々と隊列を組み直して西へと飛び去っていった。

「何だあれは! まるで本物じゃないか!」

「えーと、再現性は問題ないようですね」

 狂乱の一歩手前の大佐に対し、助監督は実に嬉しそうだった。

「いやぁ、大佐殿にそこまで太鼓判を捺していただけるなら、選んだ会社に間違いはなかったようですね」

「畜生! なんてこった! こんな撮影なんざ呪われてしまえ!」

 とめどなく続く大佐の罵声を吸い込みながら、夏空はどこまでも青かった。


 著しい予算超過と、何度とないスケジュール超過の果てに完成したその映画は、幾多の評論家から名画と呼ばれつつも、一部の軍事関係者からは緘默を以って評価されることになる。

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