眠り姫

 ~白夜side~


 泣いていた。

 2人で泣いていた。

 彼女は叫んだ。

 彼女は俺の手のひらを握り。腕を握りしめた。もう力が入らいのだろう。握るというより……。手のひらに、腕に軽く触れる程度で。それだけで胸にずきっという痛みが走った。

 俺はそんな彼女をもっと抱き寄せる。

 彼女も俺に軽すぎる体重を預けてくれる。その軽さが俺の心臓に軋みを上げさせる。


 このままこの場面を切り取って、永遠に時間を止めていたかった。

 そうしたら彼女に「死」は訪れないから。

 でも時間は無情にも、意思に関係なくその歩みを止めない。彼女の次第に弱くなっていく呼吸がそれを物語っている。


「ねえ、一色君」

 かすれるように名前を呼ぶ。

「うぅん。今だけは白夜君」

 彼女の声はもうほとんど……。でも俺にはわかる。

「はい。白雪」

 名前――初めて好きになった愛おしい人の名前――を呼ぶ。心を込めて大切に。

「私が死んじゃってもね。幸せになってね。

 緑ちゃんと仲良くしてね。

 白夜君に教えてあげたかったんだよ?

 人の暖かさを。優しさを。

 その手を伸ばせば誰かがつないでくれて。

 もっと暖かくなるの」

 彼女はふぅーっと息を吐く。

 俺の顔は涙でいっぱいで、でも彼女の最期の言葉を最後まで聞きたいから、

 まだ涙は流さない。

 彼女は儚い笑顔で

「白夜君。『好きだよ』『大好きだよ』『愛してるよ』」

 愛おしい彼女は、優しい言葉を紡いでいく。

「俺も『好きです』『大好きです』『愛してます』」

 彼女は身をよじって俺のことを正面から見据える。

「そんなに泣かないで?」

 もう返事もできない。

 

 そして、どちらからともなくキスをした。

 

 それは優しくて。暖かい。


 彼女は幸せそうにいつもの笑顔で

「私のファーストキスなんだよ?」

 とてもうれしそうに。

「私が死んじゃっても白夜君にはまた誰かを好きになってほしいの。

 でもなにか、白夜君のなにかがほしかったから。ごめんね?」

「謝らないで。俺も白雪のなにかがほしかった」

 聞こえないはずなのに

「じゃあお互い様だね。うれしいなぁ」

 彼女はそれだけを言ってそっとベッドに倒れこむ。

 

「楽しかった」

 なにが?なんて聞かなくてもわかる。

「やりたかったこともまだたくさんあったのに……」

 次第に言葉は弱くなっていく。


「白夜君。ありがとう。彼氏彼女じゃないけど、今だけは彼氏彼女だよね?だから、」

「白雪。少しだけ頑張れないか?連れていきたい場所があるんだ」

 彼女の言葉をあえて遮る。

 必死な俺の気持ちが通じたのだろう。こくっとうなずいてくれた。俺はすっと立ち上がって彼女をいわゆるお姫様抱っこで抱える。彼女は嫌がることなく身を俺に預けてくれる。そのまま病室を出て、エレベーターで1階に降りる。お互いに無言だった。彼女はもう目を閉じている。


 瞳を閉じている彼女の姿はまるで……眠り姫のようだった。

 


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