終章 お別れの時に歌う詩
イエス
~白雪side~
あれから何日が経っただろう。カレンダーも見えない瞳では日にちを確認することすらできない。看護婦さんかお母さんが毎日教えてくれるのに……。
私はもう覚えることもできない。
せめて大切なあの人たちを覚えたままそれを迎えたい。
私は泣いている。誰もいないこの部屋で。人に聞かれちゃいけないから。余計な心配をかけてしまうから。面倒を増やしてしまうから。
声を押し殺して泣いている。
それをただ一人見ている人がいた。
彼の名を一色白夜という。
そして……。
~白夜side~
彼女は。あの人は。東雲先輩は夜に一人で泣いてはいないだろうか?
だからこっそりと施設を抜け出し病院の最上階。彼女が眠っているはずのそこへ向かった。
そしてそこで見たものは……。
一人で泣いている彼女の姿だった。
俺も返事をしなければいけないだろう。
彼女がくれたこの感情を知ってほしい。
そっと泣いている彼女に近づいていく。彼女は気がつくことなく、窓の外に体を向けて泣き続けている。
そっとその無防備は背中から抱きしめる。
「一色くんかな?ううん。この香りは一色くん」
彼女は驚くなく受け入れてくれた。
「えぇ」
俺はそのまますっぽりっと覆いかぶさり彼女を抱き寄せた。嫌がることなく体を預けてくれた。
細い体。少し力加減を間違えただけで折れてしまいそうだった。
「ひとりは寂しいですか?」
「寂しいよ。誰かが必ず泣いてるの。それがもっと暗いし怖いの」
彼女は泣くことをやめて答えてくれる」
「未練はありますか?」
「いっぱいあるよ。お母さんとお父さんに『ありがとう』も『ごめんなさい』も言えてないの。
お友達にもお別れをしてないの。
緑ちゃんには……。うん。きっと全部伝わってると思うんだ。
あと好きな人に。『好き』も『大好き』も『愛してる』伝えたりないの。
彼はすごく不器用で。悲しい過去にとらわれていて。
人を遠ざけようとしていて。でも一人になりきれていなくて。
傲慢なのはわかってるけど、私が教えてあげたかった。
一人は寂しいよ?って。
勇気を出して、その手を伸ばしてごらん?って
そうしたら誰かと手をつなげるから。
そしたらもう寂しくないよ?って」
彼女は涙を流しながら教えてくれる。それはあまりにも悲しすぎて。
だから俺の覚悟は決まった。
「東雲先輩?聞いてくれますか?」
彼女の耳はもう聞けないから。だからそっと手を取る。そして手のひらにそれを描く。
彼女に伝えなければ、いや。伝えたい言葉を。感情を描く。それはたった五文字。
『愛してる』
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