第5話悪夢は突然に 2


 ~白雪side~

目が覚めると見たことのない天井だった。体を起こして周りを見渡す。白いカーテン。かけられていた布団も白い。そして白衣を着た女の人が、私が体を起こしたのを見て駆け寄ってきた。

「:::::::」

 何語だろう?何を言っているのかわからない。だから私は口を開いた。

「えっとここはどこですか?すみません。私、日本語しか分かりません」

 おそらくナースさんだろう。見た目は日本人にしか見えないが、話しかけられる言葉は私には理解できなかった。

 そのままナースさんは走ってどこかへ行ってしまった、と思ったらまた白衣の今度は男の人が来た。お医者さんみたいな人だ。

「::::::::」

 やはり私には理解できる言葉ではなかった。

 さっきのナースさんがペンと紙を持ってきた。白衣の男の人が何かを書いて見せてくる。

『これは読めるかい?』

日本語だった。

「はい。読めます。あの……ここはどこですか?」

 また白衣の男の人は紙にさらさらと書いて見せてくれた。

『ここは病院だよ。君は家の階段のところで倒れていたのをお母さまが見つけて救急車でここまで来たんだよ』

 私にはそんな記憶はまったくなかった。思い出そうとして気が付いた。お母さんがいない。

「あの。お母さんはどこにいますか?」

 それから何度も白衣の男の人(やっぱりお医者さんだった)とやりとりをしていくつかわかったことがある。

 私はここに来てからすでに5日が経っている。

 ここは日本で、みんなが話しているのが日本語だということ。

 ここはICUというところだということ。


 私が目を覚ましたという連絡をナースさんがしてくれたらしく、お母さんとお父さんがすぐに来てくれた。

 私はいつもの笑顔で

「あ、お母さん、お父さん。来てくれてありがとう♪」

「:::::::::」

お母さんが何かを言っている。

「::::::::::」

お父さんも何かを言っている。

 やっぱり私には何を言ってくれているのかわからなかった。

 そんな私を見て、お父さんもお母さんもボロボロと泣いている。

 お医者さんが来て、私をおいて2人は診察室に連れていかれた。


 戻ってきたのはお母さんだけだった。

 そして顔は、そのいつも笑顔だった顔は、大好きなお母さんの顔はさっきより涙でぼろぼろだった。

「:::::::」

 なにかを言って。私にはわからなくて。そして抱きしめられた。強く。強く。まるでどこかへ連れていかれてしまう私を守って、渡さないように。だからわかってしまう。いや。うすうす気づいていたのだ。見て見ぬふりをしていただけで。


 私はもう長くはないんだろう。


~白夜side~

 東雲先輩が昼休みに教室に来なくなって5日が経った。

 1日目。きっとなにかしら理由があるのだろう、と気にはなったが特に何もしなかった。嫌な予感はまだ少しだった。

 2日目。3日目。だんだんと嫌な予感は強くなってきた。単純に俺に興味がなくなっただけなら、それはそれで仕方ない。でもそうじゃない、何かが胸の中にあった。

 4日目。今日も東雲先輩は来ない。嫌な予感を振り払いたくて、先輩の教室まで行ってみた。見渡す限り東雲先輩の姿はない。宇佐美先輩を見つけて声をかけてみる。

「おひとりですか?」

「わかってるわ。白雪のことでしょ?」

 まったくもってその通りだった。今更隠す必要もないだろう。首を縦に振ることで肯定を示す。

「あの子ならもうずっと休んでるわ。メールも返ってこないし、電話も出ないのよ。担任に聞いても体調不良としか教えてくれないのよ」

 そう言う宇佐美先輩の顔は、さすがの俺にでもわかる――親友を心配する優しいような、でも憂いを帯びた顔だった。

 「白夜君のところにもメールとかは来ていないのでしょう?」

「はい」

 そもそも頻繁にやり取りをしているわけではない。短く答えて、一礼しその場を去ろうとする。すると

「ちょっと待って」

 宇佐美先輩に呼び止められた。

「今日、白雪の家に行こうと思うの。だから白夜君も一緒に来ない?」

 突然の誘いだが、断る理由はない。

再度、首を縦に振ることで肯定を示す。

「じゃあ、放課後ね。今日の部活は休むわ。校門のところで待ち合わせましょう」

 そうして昼休みは終わった。

 午後の授業まったく頭に入らず、とてつもなく長く感じた。

 そして嫌な予感は大きくなっていった。


 放課後。ホームルームを終えて足早に校門へと向かう。宇佐美先輩はまだ来ていないようだ。

 さして待つことなく宇佐美先輩はやって来た。

 特に言葉を交わすことなく2人で歩き始める。宇佐美先輩の歩みは、気のせいではなく速い。そして俺も足も速かった。

 どうやら嫌な予感を感じているのは俺だけではないようだった。


 東雲先輩の家の前に立つ。ためらうことなくインターホンを押すのは宇佐美先輩。誰も出ない。もう一度、もう一度。


 そして返事はなかった。まるで誰もいないかのように。

 

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