第2話進展
~白夜side~
カレンダーの上で数字が変わり、11月から12月へと暦が進んだ今日。
12月1日。今日は学園祭の振替休日で学園は休みである。
俺は人生初のバイトとして岩崎書店に初出勤していた。
裏口から事務所に入る。
「おはようございます」
挨拶をしっかりとする。
昨日、施設の先生に「挨拶だけはしっかりとしなさい」と強く言われその通りにした。
「おー。おはよー。君が噂の一色くんだね?」
事務所には女の人が1人いた。椅子をくるりと回しこちらを見る。
見た目はメガネをかけていて理知的な感じ。格好も特に変わったところがない。おそらく年上だろう。うっすらと目立たない程度の化粧がしてある。それが少し大人っぽく見せている。
学園は化粧を基本的に禁止しているのでそれをしている女の人というのは関わったことがない。
「はい。一色白夜と言います。今日からよろしくお願いします」
「私は青山夜空。大学2年。今日は、一色くんにいろいろと教えるように頼まれてるからよろしくね」
「よろしくお願いします」
「うん。服装も清潔感あるし、声もしっかり出てるね。あとはもう少し笑顔作れたら問題なくお客さんの前に立てるよ」
俺の格好は黒のジーパンに白のワイシャツ。清潔感を気にしてさっぱりとした服を選んだつもりだ。間違えてなくてホッとする。
「じゃあ早速だけど、これ着てね。
カバンはロッカーに入れて、鍵かけてね」
手渡されたのは黒いエプロン。
胸の辺りには名札が安全ピンで留められていた。
カバンからメモ帳を出しポケットに入れる。そして言われた通りエプロンを着た。
それを見て青山さんもエプロンを着る。
「よし。じゃあ今からざっと流れを説明するからよく聞いてね」
1日の流れを説明してくれる。
簡単にまとめると基本的には女の人がレジ、男が品出しを担当する。レジは3台あるので列ができたらフォローに入る。品出しが終わればレジで待機。ただし人数が少ないので品出しが終わることはほとんどないとのこと。最後は在庫をチェックしてタイムカードを切る。
「難しいことはほとんどないから大丈夫だよ」
最後にそう締めくくり2人で店内へと入っていった。
「お疲れ様でした」
「うん。お疲れ様!
一色くん、飲み込み早いねー」
1日付きっきりでいろいろと教えてもらった。
「ありがとうございます」
事務所に戻ってエプロンを外す。
人生初のバイトを4時間やって正直クタクタだ。4時間立ちっぱなしなんてそんなに大変じゃないと思っていたけど思ったより疲れた。
「一色くんのお家って近いのかな?」
「近いですよ」
「よかったら一緒にちょっと遅めのお昼ご飯食べていかない?」
時間は午後2時。なるほど。バイトを始めると決まった時間には飯は食えないのか。
「お姉さんが奢っちゃうよ?
近くに美味しいパスタが食べられるお店があるんだ。ね?一緒に行こうよ?」
少し困った顔をしていたらそう切り出してきた。
「分かりました」
勢いに負けて頷いてしまった。
青山さんに連れられパスタ屋に入る。
テラスもあり、オシャレなイタリアンレストランといった感じだ。
そこはバイト先から徒歩で10分。青山さんは自転車、俺は歩きだった。俺に合わせて青山さんは自転車を降りて一緒に歩いた。
道すがらいろいろな話をした。というかほぼ一方的に聞かれることの方が多かったが……。
青山さんも紅葉園学園の卒業生だった。そこから一浪して地元の音楽大学に進学。
後輩であることを伝えるとどうやら俺を知っていたようだった。なんでも学園祭に遊びに来ていて、俺のクラスにも来ていたようだ。
LINEのIDを聞かれ、ガラケーだと言ったらすごく驚かれた。東雲先輩も聞いてきたし、そろそろスマホに変えるべきなのかもしれない。
そんなことを頭の片隅で考えていた。
店内は昼飯時を過ぎていたのでまばらにしか客はいなかった。すぐに店員が来て席に通される。テーブルに向かい合う形で座る。オシャレな割にメニューは少ない。俺はカルボナーラとコーヒー、青山さんはナポリタンを注文した。
「一色くんって彼女とかいるの?」
唐突に聞いてきた。
「いえ。いませんよ」
正直に答える。
「へぇー。意外だなぁ。
でもモテるでしょ?格好良いもん」
まぁ実際モテてはいるのだろう。ただそれを素直に言うのはなにか違う気がして首を傾げた。
「じゃあさ、好きな女の子はいる?」
一瞬、東雲先輩の柔らかい微笑みが思い浮かんだ。そして返答に困り、動きが止まってしまう。
その一瞬が答えになってしまった。
「やっぱり好きな女の子はいるのかー
どんな子?かわいい系?美人系?」
どうだろうか?美人ではあるだろう。でもどちらかというとかわいい系な気がする。
またしても返答できない。
「ふむふむ。答えられないのかぁ。
まぁ言いたくないこともあるしね。
ごめんね。無理に聞いちゃって」
沈黙。
なにか答えれば良かったのだろうか。でも今日会ったばかりの人にする話ではない。
ほどなく料理がやってきた。
麺は自家製らしくモチモチとしている。しっかりアルデンテだ。ソースもしつこくなくそれでいて濃厚な旨みを出している。
美味しい店というのは本当だった。
「ね?美味しいでしょ?」
「はい。本当に美味しいですね」
「良かった!」
そして2人とももぐもぐと食べ進める。
カランカランと店のドアが開く音がした。なんとなく気になり目を向けるとそこには東雲先輩がいた。後ろには宇佐美先輩。
東雲先輩と目が合う。
しばし見つめ合い。
ふと東雲先輩が俺の横に目を向けた。そこには青山さん。
東雲先輩の動きが止まった。
宇佐美先輩がなにがあった、と東雲先輩が見つめる先を見る。
なにかすごい誤解を招いてる気がする。
宇佐美先輩が東雲先輩の手を引っ張って歩き出すと、どんどんと俺たちの方に向かってくる。そしてそのまま隣に座ってしまった。
俺の隣には東雲先輩。
うつむいていてどんな顔をしてるのか分からない。
そんな空気を察したのか青山さんは俺の顔を凝視している。
「白夜くん。
またずいぶんと美人なお姉さんとお食事してるのね」
宇佐美先輩、トゲがある……。なぜだ……。
「一色くん、こちらの方は?」
青山さんが尋ねてくる。
「学園の先輩の東雲先輩と宇佐美先輩です」
「宇佐美緑です。よろしくお願いします」
「えっと……。東雲白雪です」
明らかに元気がない東雲先輩。
「東雲先輩、どうしたんですか?
どこか具合でも悪いんですか?」
「ううん……。大丈夫」
「あなただね。一色くんが好きな女の子って」
真剣な顔で青山さんは東雲先輩にそう告げた。
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