第5章 螺旋を描く2人

第1話アルバイト

 ~白夜side~


 最近、めっきり読むことが少なくなった本。それでも少しは読んでいるので今日は学園祭の片付けの後に本屋に寄ることにしていた。


 行く道は真反対。そちらの方が品揃え良く本が揃っているのだ。


 途中、東雲先輩に会うという出来事もありながら、特になにかある訳でもなく先輩はそのまま帰っていた。


 自動ドアに吸い込まれて店に入る。

 名作と呼ばれる物は数あれどそういう物はあまり趣味じゃない。どちらかと言えば通俗的な物語の方が好みである。そういう意味では前に買ったライトノベルというのはなかなか良かった。感情がありのままというか心理描写で売っている感があったからだ。

 しかし今日のお目当てはライトノベルでもない。少女マンガを買ってみようと思ったのだ。

 初めて人を好きになった。でもどうしてよいか分からない。少女マンガなら恋愛ものが多いだろうと予想。それも女の子の視点から書いてあればなお、わかりやすい。


 売り場に入るのにちょっと躊躇する。ためらっても仕方ないと頭を切り替えてコーナーに入る。前にクラスの男子が少女マンガを読んでいたのを見たことがある。たぶん今の時代、男が少女マンガを読むのも変ではないだろう。

 いかにも女の子なピンク色の表紙が多くなにがいいのかも分からない。

 マンガなんて読み書きを覚えるために読んだぐらいで正直なにがいいのか……。

 とりあえず平積みにされている「恋のスクエア~恋の矢印はどっち向き~」というのを買うことにした。連載が始まったばっかりで少しずつ読めば良いだろうと思ったからだ。

 あとは適当に小説を見繕って会計を済ませる。


 ふとバイト募集のポスターを見かけた。今までは母親の事故の慰謝料で何の苦労もせずに生活してきた。児童養護施設だって税金で運営されているからかかる金だって微々たるものだ。

 だが、改めて考えてみればその金を使ってるのはいわば借り物みたいな感じがして嫌な気分だ。

 俺はあの悪魔から解放されたはずだ。だったらあの悪魔の金を使うのはまだあの悪魔と繋がっているような気がしてきた。

 自分の生い立ちを不幸だと考えたことがなかったから今まではできなかった発想だ。

 でも今は違う。怒って、泣いて自分が不幸だったことに正面から立ち向かって乗り越えようとしているのだ。

 それをしてくれたのは東雲先輩。

 ならばまずあの人に恥じない人間にならなくては。今の俺はまだ彼女の横に立てるほど強くない。


 バイトをしよう。学園の許可と施設の先生の許可が必要だが問題ないだろう。自分の金は自分で稼ぐ。まずはそこから始めよう。




 次の日。


 学園の昇降口で靴を履き替えていた。

 今日は学園祭の振り替え休日で部活も休みのため生徒はほとんどいない。

 そんな静かな学園の廊下を職員室へと向かい歩を進める。


 夜のうちに学生手帳を確認したところバイトは届出制となっていた。バイトの許可さえもらえれば問題ないようだ。今のところ大きな問題を起こしたこともない。特待生という点で見れば少し不安もあるがまずはかけあってみよう、そう思い学園に来ていたのだ。


 ノックして職員室へと入る。相手は担任の藤井。初めて自分から声をかけるのではないだろうか。入学してほとんど1年が過ぎようとしているのに我ながらなにやってたんだか……という感じだ。

「藤井先生、今お時間よろしいでしょうか?」

 藤井はなにかの書類と格闘していたが俺が声をかけるとパッとこちらを向いた。

「おー。一色から声をかけてくるとはな。んで、どうした?」

 やっぱりそこは驚くところなんだと再確認。

「アルバイトの許可が欲しくて申請に来ました」

「バイト~?それなら生活主任の田中先生に聞いてくれ

 俺はオッケー出していたと言ってくれな

 今、生徒会室にいると思うぞ」

 雑な対応だ。まあ今まで俺の方が雑な対応をしてきたツケだと思えば当然のことだ。

「ありがとうございます」

 頭を下げてその場をあとにする。担任の許可は一応出た。


 生徒会室をノックする。うちの学園は生活指導にも力をいれているので生活主任の力がやたらでかいのだ。

「どうぞ」

 涼やかな女の声。

「失礼します」

 扉を開けて中に入る。

「あら。一色くんじゃない」

 そこには生活主任の田中がいた。意外なことに田中は女なのだ。それもまだ若いしキレイだ。25~28といったところか。しかしキレるとまじで怖いとは祐樹のセリフだ。あいつはいろいろやらかしてるからな……。

「田中先生。アルバイトの申請をお願いします。担任の藤井先生の許可は頂いています」

「アルバイト?お金に困ったの?確か一色くんは施設にお世話になっているのよね?」

 学園の先生は俺の事情を半分ほど知っている。全部知っているのは施設の先生と東雲先輩、宇佐美先生だけだ。

「いえ。社会勉強のつもりです」

 わざわざ説明する義理はない。

「社会勉強ねぇ~。特待生がアルバイトするのって前例ないのよね。

 成績は維持できるの?」

「まったく問題ありません。今までも特別に勉強してた訳ではないので」

 学園の勉強に苦労したことはない。正直に答える。

「それで特待生かぁ。地頭がいいってやつね。

 分かりました。一色くんなら大丈夫でしょう。許可します。ただしちゃんと法律の範囲内で働くように」

「ありがとうございます」

 頭を下げてその場をあとにしようとする。

「そうそう。東雲さんと付き合ってるっていう噂は本当なの?」

「付き合ってませんよ。先生まで噂に振り回されないでください」

「お似合いのふたりだと思うわよ」

 生活主任が異性交友を勧めてくるのはどうなんだ……。

 黙って頭を下げて生徒会室を出た。


 そのまま昇降口まで向かい靴を履き替えると携帯を取り出す。

 昨日メモした電話番号をプッシュする。


 電話が繋がる。トントン拍子で話は進み、来週からいつも通っていた「岩崎書店」の店員となることになった。


 無愛想だけはどうにかしないとな。そんなことを思った。

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