第7話学園祭饗宴劇 ふたり編
学園祭2日目。まだ生徒はお祭り騒ぎでテンション高く浮かれている。そんな中で冷静に時計を見ている白夜。
約束では9時に白雪が白夜の教室へと迎えに来ることになっている。
現在8時50分。教室にいると手伝いを頼まれそうな気配がして嫌な白夜は迎えを早く早くと待っていた。
メールでもしようとしたのか携帯を取り出す白夜。
「ごめんね。待たせちゃったかな?」
その時、白雪が息をきらせて駆け寄ってきた。
「いえ。まだ時間前ですし待ってませんよ」
そんなふたりの学園祭デートが始まる。
~白夜side~
東雲先輩が小走りで俺のところに来てくれた。
周りの男子の舌打ちが聞こえる。
この前山中さんに教えてもらった「第92回好きな女子投票ランキング」で燦然たる1位にいたのは目の前の東雲先輩だった。
確かに可愛いし愛想も良い。男受けの良いタイプだとは思う。
それを見た俺の気持ちとしては、なんやらもやっとする感じだった。
東雲先輩の魅力は見た目じゃなくて内面にあると俺は思う。まぁ見た目も良いのだが……。
「一色!今日は私がリードするからね!」
なぜかやたらと張り切っている。
というか、今日に限らず基本的にリードされてばっかりな気がする。
「分かりました。じゃあ東雲先輩の行きたいところに行きましょう」
きっと先輩だからリードしなくちゃ、とか思って言ってくれているのだろう。
「じゃあ私のオススメは……」
先輩とふたりっきりで校内をぐるぐるまわる。
時間なんてあっという間だった。
もう3時間経っている。
「お昼にしよっか♪」
「そうですね」
ふたりで学食へ向かう。
なぜ学食かというと東雲先輩のオススメだったからだ。
学食には長蛇の列。券売機にぎっしりと人が並んでいる。
「学園祭中はね、学食が無料らしいの。
プロのコックさんがこだわっていつも以上に美味しいお料理出してくれるだって昨日お友達が教えてくれたんだ♪」
嬉しそうに語る東雲先輩。
正直列に並ぶことが嫌いだった。
特に学生特有の無秩序な行列に並ぶことは嫌悪していたぐらいだ。
しかし今日は、学園祭委員の腕章を着けた生徒が列を規律あるしっかりとしたものにしてくれている。
まぁそれはほんの些細なことで。先輩と話ながら行列に並ぶと時間も周りも気にならなくなる。だから平気なのだろう。
券売機の前まで来た。看板にはでかでかと「本日のオススメ。牛ほほ肉のビーフシチュー煮込み!
特製スープの濃厚ラーメン!」と書いてある。
「一色くんはどれにする?」
「本日のオススメのどっちかで悩んでます」
後ろに人がいるからあまり悩んでいたら迷惑になるだろう。
「じゃあ私がビーフシチューにするから一色くんはラーメンにしたら?半分こしよ♪」
おっと……。さすがにそれは恥ずかしい……。ていうか間接キスになるんじゃないか……。
東雲先輩はそういうこと気にしないのだろうか。単に俺を男としてカウントしてなくてただの友達ぐらいに思っているからそんなことが言えるのだろう。
まぁ俺のことを特別に好きではないと思っていたがちょっとへこむな。完全に脈ないじゃん……。
「分かりました。そうしましょう」
友達なら友達らしい付き合い方があるのだろう。きっと友達どうしなら半分こするのだろう。
ふたりで本日のオススメを頼み、いつも手際の良い給仕さんがそれぞれ料理を渡してくれる。
席は意外とすぐに見つかった。
向かい合う形で腰をおろす。さすがに3時間歩きっぱなしで足が疲れている。
ちなみに俺はラーメン。東雲先輩はビーフシチューが手元にある。
「いただきます」
丁寧に決まり文句を言ってビーフシチューにスプーンを伸ばす東雲先輩。
「いただきます」
俺も決まり文句を言ってラーメンに箸を伸ばす。
「うわ~♪これすっごい美味しいよ!
一色くんの方はどう?」
「すごい美味しいです。さすがプロのコックって感じですね」
お互い言葉を交わしながら手を止めることなく食べ進める。
「ラーメン、ちょっとちょうだい♪」
ビーフシチューを横によけてラーメンを渡す。
その時、ピタッと東雲先輩の動きが止まった。
「えっと……。これは一色くんが食べてたラーメンだよね……?」
当たり前のことを聞いてくる。
「そうですよ。ラーメンにも興味あったんですよね?」
もしかして……。
「これって間接チューになっちゃう??」
やっぱり気がついてなかったのか。さすがに友達どうしでも異性間ではやらないだろう。
「無理に食べることないですよ」
言ってラーメンを手元に引き寄せようとする。
「待って!食べるから!」
お盆を掴んで再度自分の方へと引き寄せる。
なんかすごい真剣な顔をしている。
意を決したのか恐る恐るラーメンに箸を伸ばす。
「おっ美味しいね♪」
そんな顔を真っ赤にしてたら味なんて分からないだろう。
顔を真っ赤にしたままラーメンのお盆を返してくる。ビーフシチューを食べることはなさそうだ。
そんな緊張の昼飯が終わり、俺はひとりで自販機に来ていた。東雲先輩にはミルクティー、俺はコーヒーを買い席に戻る。
東雲先輩がナンパされていた。
必死に断ろうとしているが、男の方もしつこく食い下がっている感じだ。
「先輩、お待たせしました」
めんどくさいことになる前に声をかける。
男は「男連れかよ」と舌打ちして去っていった。
「ありがと~。あの人しつこくて……。」
東雲先輩は優しいからはっきりと断れないのだろう。俺みたいにはっきりと断り過ぎるのもどうかと思う今日この頃。
今まで告白してくれた女の子たちに悪いことしちゃったなと思っていると
「そろそろ時間だ!体育館行こ?」
東雲先輩は飲みかけのミルクティーを片手に立ち上がる。
話を聞きながら体育館へと向かう。どうやら宇佐美先輩の所属するバスケ部が学園祭の催しとして他校のバスケ部と親善試合をすることになっているらしい。
今からその応援という訳だ。
「あんまりルールとか分からないんですけど」と言ったら「大丈夫。私なんてほとんど分からないから」と大丈夫なのかどうか分からない説得をされた。
まぁ紅葉園学園のバスケ部は全国クラスで強いから見ごたえある試合にはなるだろうな、なんて思いながら体育館に入る。
そこはもう観客でいっぱいだった。
宇佐美先輩の後輩がとっておいてくれた最前列の席に座る。
「宇佐美先輩ってスタメンなんですか?」
「スタメン?よく分からないけどいつも最初からいるよ♪」
なるほど。スタメンなのか。うちの学園で2年でスタメンって相当上手いのか?背はけっこう高いイメージはある。
選手入場。東雲先輩の言うとおり宇佐美先輩はスタメンだった。
礼をして試合が始まる。
東雲先輩は宇佐美先輩がボールを持つと「がんばれー緑ちゃんー」と小さな体には似合わない大きな声で声援を送っている。
宇佐美先輩は俺の素人目から見ても十分上手かった。的確なパスにゴール下では体を張ってボールを奪う。
試合は点を取ったり取られたりでなかなか差が開けない。それがまたスリルとして観客を楽しませている。そういう俺も声援は送ってないけど白熱して観戦していた。
試合が終わった。僅差で宇佐美先輩たちが勝った。汗だくで礼をしてロッカールームに戻っていく。
「勝ったね♪」
自分のことのように嬉しそうな東雲先輩。
「初めてバスケの試合見たんですけどおもしろいですね」
正直な感想を言う。途中何度か選手交代していたが宇佐美先輩は最後まで交代することなくプレーし続けていた。
そのプレーしている姿がなんというか格好良かった。
そのまま話ながらロッカールームの前へと向かう。
扉が開いて宇佐美先輩が出てきた。
勝った嬉しさからかとびっきりの笑顔で、「あぁこの人のこんな笑顔を見るの初めてだな」と思ってとっさには言葉が出てこなかった。
「あら。白夜くんも見に来てくれてたのね。
白雪の声、相変わらずよく聞こえたわよ。ありがとね」
「緑ちゃん♪勝ったね♪」
「初めてバスケの試合見たんですけどおもしろかったです。ありがとうございます」
「じゃあ私はシャワー浴びてくるからちょっとまたふたりで学園祭まわってきてね。
準備終わったらメールするわ」
そう言って更衣室に向かっていく。
東雲先輩とふたりでとりあえず学食で飲み物を飲もうと意見が一致し学食へ向かう。話題は宇佐美先輩のこと。
スポーツ特待生だったことを聞いた。去年は全国大会まで行き、学園の生徒のほぼ全員で応援に行ったそうだ。今年もそうだといいなぁと東雲先輩は言っていた。
ゆっくりとした時間が流れる。
東雲先輩とのこのゆっくりとした時間が大切で壊したくなくて。
そのうち宇佐美先輩も合流した。
「白雪とふたりで学園祭デートはどうだった?」
さっきまでの格好良さはどこへやらニヤニヤと聞いてくる。
「楽しかったですよ。でも1番楽しかったのは宇佐美先輩の試合の観戦ですね」
「あら。ありがとう。お世辞でもそう言ってもらえると嬉しいわ」
ちなみに東雲先輩はデートという単語でフリーズしている。
時間はもう夕方。そろそろ閉会というころ。
「白夜くんは最後に行きたいところとかないの?」
次で最後になるだろうと話し合っていたところでの質問だった。
「……。できれば先輩たちのクラスにお邪魔してみたいです」
ちょっと恥ずかしい。
「よし!なら行きましょ!」
先輩たちのクラスに着いた。行列もなく片付けを始めようかとしているところ。
席に座らされて先輩たちはキッチンの方へと行ってしまう。
ひとりぼっち。
前ならこれ幸いと本を読んでひとりの時間を楽しんでいたのに。今はひとりでいることが少し寂しく感じる。
「人は変われる」本でいくらでも読んだ言葉だ。
「人は変われない」とある本に書いてあった言葉だ。
俺は「変われない」と思っていた。
「変わらない」と思っていた。
そんな俺を変えたふたりの先輩がコスプレしてコーヒーを持ってきてくれた。
東雲先輩はオーソドックスなメイド服。
宇佐美先輩はスカート丈の短い攻めてるメイド服。
先輩たちは紅茶を持ってきていた。
そのまま3人でテーブルを囲む。
誰もなにも話さない。
ゆっくりと飲み物を飲んでいる。
「沈黙は金なり」とはよくいったものだ。
なにも言わなくても伝わることがあることをこのふたりが教えてくれた。
言わないと、泣かないと、怒らないと前に進めないことを教えてくれた東雲先輩がいる。
そんな俺たちを黙って見守ってくれる宇佐美先輩がいる。
校内放送で学園祭が閉会したことをつげるアナウンスが流れた。
「じゃあまたね♪」
「また教室に行くと思うからよろしくね」
「はい。じゃあまた休み明けに」
そうやって俺の初めてで最高の学園祭は終わった。
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