第5話学園祭饗宴劇 白夜編

 ~白夜side~


 11月最後の土曜日。もう完全に冬になり、吐く息は白くなったそんな寒い日の出来事。


 紅葉園学園の学園祭はこの土曜日と明日の日曜日の2日間に渡って行われる。

 なるべく来場者を増やしたい学園側の意向で学園祭シーズンが終わった頃に行われるのが毎年のことらしい、とは山中さんに聞いた話だ。


 今日も朝、時間ギリギリまで起きることができなかったので遅めの朝食をとる。

 朝食は施設の先生が毎朝作ってくれるものだ。

 片付けは本当なら先生がやってくれるのだが、俺が遅いので自分のぶんは自分でやっている。


 いつものようにコートを羽織り本を片手に、もう片方の手でカバンを持って施設を出る。

 話す相手ができたことでめっきり本を読む時間が減ってしまった。この朝の登校の時間と寝るまでが本を読むことのできる時間だ。でもそんな今も悪くないと俺は思っている。

 昔の、というほど昔でもないが、あの頃の俺なら考えられないことだろう。こうして本を読む時間も無くなり、あまつさえ学園祭にわざわざ自主的に参加するなんて。

 つい乾いた笑いが出てしまう。

 冬の寒さは嫌いだった。

 まともな洋服も与えられず寒さに震えていたあの頃を思い出すから。

 今はこの身を引き締めるような寒さも悪くないと思っている。

 この寒さがあるからあの人の暖かさを感じることができるのだから。


 教室に着いた。

「おはよー。一色くん」

「一色くん。遅いよー」

「おっす。一色。遅いぞ」

 クラスメートはみんなどこか浮かれたようなテンションで俺に挨拶してくれる。

 先々週ぐらいは完全に孤立していた気がするが、今はクラスにとけ込んでいる。

 これも全てはあの人のおかげなのだ。


「はい。男子は着替えてー!」

 クラス委員の中島さんの号令で女子は廊下へ。男子は女子がいなくなったことを確認して着替え始める。

 俺も渡された燕尾服に袖を通す。

 ついでに渡された伊達メガネも忘れずに。

 メガネはかけたことなかったがあると違和感が先に来て正直嫌なんだが……。


 男子が着替え終わって、女子が教室に入ってくる。

 すすっと山中さんが近寄ってきた。

 紙を手渡される。

「シフト表」と書いてあった。

「一色くん。1日ずっと」

 ブラック企業も真っ青なシフト。当然俺も真っ青だ。休めないってどういうことだよ……。

「クラス委員さん。ちょっと俺のシフトおかしくないですか?」

 断固抗議する。

「1日めの売りは一色くんだから」

 短く一言。だがしかし俺の抗議も一言で済まされた。

「まぁ明日は1日休みにしてあげようよ。それで勘弁してあげて」

 山中さんが助け船を出してくれる。

「「まぁ……それなら」」

 思わず声がハモる。

 こうして今日1日、俺が働きづめることが確定した。


 佑樹いわく出し物の9割が飲食関係らしい。さらにその半数が喫茶店ときているらしい。それなら客は分散するはずだ。よってそんなに混まない。そんな俺の答えは1時間後に吹き飛ばされる。


 修羅場だった。

 止まらないオーダー。終わらない行列。出せる物はインスタントのコーヒーと紅茶、おまけ程度のクッキー。なのにどうして客が途切れない。

 若干キレながら、それでも顔は営業スマイルで接客する。

 笑顔を作るのは得意だ。嫌な特技だとは自分でも思う。

「あの……一緒に写真撮ってもいいですか?」

 またか。今日何度めだ。店を出ようとする女子生徒に声をかけられる。

「すみません。写真はちょっと……」

 だから何度めだ。この断りも。

 残念そうにしないでくれ。ていうか普通ウェイターに一緒に撮ってくれって写真頼まないだろ。

 イライラが募っていく。


 ついにクラス委員が動いた。助けてくれるのか、休憩をくれるのかと期待の眼差しを向ける。

 入り口のメニュー表に「1組20分まで」と書いて、一仕事終えたように厨房(隣の教室)に戻っていく。

 おいおい。それ根本的な解決になってねえよ。回転率あげて俺たちが苦しむだけじゃん。

 と思った矢先に周りの男子たちが次々と交代していく。

 いつの間にか3時間経っていたようだ。

 俺以外全員交代する。

 社会の不公平さをまたも身にもって実感した。

 俺、いつ昼飯食べられるんだ?と思いながら接客を続ける。


「一色くん、その格好すごいよく似合ってるね」


 その人が来た。


 変わらない微笑み。背は小さくて、顔は美人というよりは可愛い系。よく分からないがフリフリのドレスを着た、まるでおとぎ話の不思議の国のアリスから出てきたような感じ。

 つい声が止まってしまう。

 不思議そうに大きな瞳をぱちくりさせる。

「あっ……。すみません。お嬢様お帰りです」

 はっと我にかえってもてなしの言葉を大声で店中に聞こえるように捻り出す。「おかえりなさいませー」店にいる男子全員の声が遅れてやってくる。

 店に来る客のほぼ全員が女性ばかりなので、自然とお嬢様という言葉で迎え入れることになっていた。

「お嬢様だって♪緑ちゃん♪」

「白夜くんがその姿で言うとなんか照れるわね」

 となりに宇佐美先輩がいた。

 まったく気がつかなかった。目に東雲先輩しか入っていない自分に強烈に恥ずかしくなる。

 空いている席に通す。

「一色くんのクラスすごいねー。外まで大行列だったよ♪」

 あまり聞きたくない情報だった。外まで大行列か。俺はいつ休めるんだ……。

「お嬢様。ご注文はお決まりですか?」

 とりあえず今は先輩たちをもてなすことに集中しよう。頭を切り替えた。

「おすすめってあるかな?」

「私も白夜くんのおすすめがいいわね」

 初めての注文。おすすめって言われてもだいたいインスタントだし。クッキーは家にお歳暮とかで来ていたやつをクラスで集めただけだ。

「ならレモンティーですね。インスタントの紅茶ですけどレモンだけはフレッシュなので」

 そう。ミルクティーのようにコーヒーフレッシュで代用できなかったレモンティーだけはレモンを輪切りにして使っているのだ。1番原価率が高くておすすめと言われてもこれしか思い付かなかった。

「それなら私はレモンティーお願いします♪」

「私もレモンティーね。白夜くんが持ってきてね。話があるから」


 言われた通り紅茶を用意してレモンをカップにのせて先輩たちに出す。

「おいしいよ♪」

 東雲先輩は満足気だ。

「まぁインスタントね」

 宇佐美先輩はごく普通の反応。

「ところで、お話とは?」

「白夜くん。今日は時間とれないの?私、この後バスケ部の方に顔を出さないといけないから白雪のこと任せたいと思ったのだけれど……」

 あまり特定の客と話しているのは不公平な気がする。早めに話を終わらせるためにシフト表をポケットから出して先輩たちに見せた。

「えっと……。一色くん?休憩は?」

 戸惑いがちに当然の疑問をぶつけてくる。

「ありません。今日は1日働きづめです……。その代わり明日は丸1日休みですけど」

 ふむ。と頷く宇佐美先輩。

「白雪。紅茶飲み終わったら教室戻りなさい」

 そしてふたりでこそこそと話を始める。

 まぁ。きりがいいだろう。その場をあとにして新しく入ってきた客の対応を始める。

 あっちはコーヒー。向こうは紅茶。お会計をして次の客。

 合間をぬってこっそり先輩たちの会計も俺が済ませておく。いつもお世話になっているしこれぐらいしておかないとな。


 先輩たちが席を立った。近くの男子が声をかける。おそらく会計が済んでいることを伝えたのだろう。

 そのまま先輩たちは俺の方に歩いてくる。

「白夜くん。お会計しちゃったの?」

「いつもお世話になってますからね」

 なにやら難しい顔をしているふたり。

「一色くん。明日なら一緒にまわれるかな?」

「はい。というかこちらからお願いしたことですし。待たせちゃってすみません。まさか1日働きづめとは……」

 本当なら今日も一緒にまわりたかったぐらいだ。

「じゃあ明日一緒にまわろうね。今日、夜に電話するから♪」

 そしてふたりでそそくさ出ていく。東雲先輩、このあとひとりって言ってたけど誰とまわるのだろう。


 そんな疑問をもちながら働きづめて、休憩なんてないまま学園祭1日めが終わった。


 片付けはやってくれるということで先に帰路に立つ。

 ふと、東雲先輩の服装を思い出した。あぁ。あれがコスプレだったんだな、と遅まきながら理解する。

 宇佐美先輩は普通に制服だったな。

 あの姿で接客してくれるのか……。

 行きたかったと素直に思う。


 夜。風呂にも入り夜飯も食べてベッドで本を読んでいた。

 携帯が震えた。東雲先輩からだった。少し緊張する。

「はい。もしもし」

 声は震えなかった。

「あっ。一色くん?」

 なんで疑問系なんだろう。

「そうですよ。明日のことですよね?」

「うん。明日ね、私も1日お休みもらったからね♪1日一緒にまわれるよ♪」

 電話の向こうのあの人はテンションが高い。

 自然と俺もテンションが高くなる。しかしそれが表に出てこない。

 何度かやりとりして明日の約束をする。


 楽しんでもらえるだろうか?

 俺なんかで良いのだろうか?


 今夜はなかなか寝付けそうになかった。

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