第3話広がる世界

 ~白夜side~


 木曜日。

 今日も変わらず弁当を持って東雲先輩と宇佐美先輩はやって来た。そして日常的な会話をする。もっぱらのネタは学園祭についてだった。

 それがこの3日間ほど続いている。それがトレーニングになったのか段々と言葉がすんなりと出るようになり、クラスメートとも話すようになった。

 それを話した東雲先輩は本当に嬉しそうにしていた。


 女子では山中恵さん。男子では水谷佑樹。特に俺が会話をするようになったふたりだった。

 ちなみに山中さんは俺の前の席だ。いつも学食に昼飯を食べに行っている間に東雲先輩がその席に座っている。

 山中さんはよく数学の問題を聞きに来る。本人いわく「数学だけは本当に訳が分からない」とのこと。確かに英語や古文などの文系科目に比べて数学はいくぶん見劣りする成績だった。

 今日も先輩たちが帰ったあと声をかけられた。

 数学の山田は席順に生徒を当てて黒板で問題を解かせることで有名だ。説明より実践を重視しているという感じだ。

 そして今日は山中さんの当てられる番だった。だからだろう。必死に俺の説明をノートに書いている。

 問題はいたって単純な命題に関すること。逆裏対偶が分かっていればさほど苦戦しない問題だ。

「一色くんの説明ってポイントが分かりやすくてすっと頭に入ってくるんだ」とは彼女の言葉。自分ではよく分からないが喜んでくれるならなによりだ。

 そして水谷はなんでも宇佐美先輩に御執心のようで、いろいろ聞いてくる。

 残念ながらそんなに詳しくないと言うと、普通にテレビドラマの話題などを振ってくる。意外と読んだ本がドラマ化していて話が合うことが多かった。


 そんな大きな変化を迎えた学園生活。


 そして大きな変化をもたらす学園祭についてクラスでも話題になるようになった。


 今、ホームルームでその学園祭について話し合いが行われている。

 というか話し合いになっていないというのが俺の意見だ。

 あれがやりたい。これもやりたい。で話がまったく進んでいない。

 前で仕切っているクラス委員も困ったような顔をしている。

 俺は意見を持ち合わせていなかったのでボーッと外を見つめている。

 前の俺なら我関せずで本を読んでいたのだろう。間違いなくこんな喧騒に耳を傾けていなかっただろう。

 そんな自分の変化に少し嬉しくて思っている。これも東雲先輩も影響なのだろう。

 ふと山中さんが振り返った。

「一色くんはやりたいことないの?」

「いや、特にないかな……。山中さんは?」

「私?私はコスプレ喫茶じゃなきゃいいなーってぐらい」

 山中さんは気さくに話しかけてくれる。おかげで余計なプレッシャーを感じず話すことができる。それも毎日話しかけてくれるからだろう。

 話しかけられたついでに周りの話を聞いてみる。クラス内の意見は男女で真っ向から対立しているようだった。

 男子はメイド喫茶。

 女子は執事喫茶。

「どっちも喫茶店じゃん」

 思わず言葉が出た。

「ね!なんかありきたりでつまらないと思わない?

 ちなみに執事喫茶にしたい理由の半分以上が一色くんだからね」

「ん?どういう意味?」

「まぁ無自覚な方が良いかな」

 よく分からないことを言って前を向いてしまう。半分以上が俺?


 話し合いでは解決しないかと思われたその時。

 クラス委員が「私たちのクラスは喫茶店。1日目が執事喫茶で2日目がメイド喫茶ね」と強引に締めくくった。

 紅葉園学園の学園祭は土日の2日間に渡って行われる。それを半分に分けて全員の意見を通した形だ。

 クラスでも「まぁそれなら」と言った意見が大多数を占めていて、最後まで闘ったのは佑樹だけだった。

 あいつどんだけ女子にメイド服。というかコスプレさせたかったんだよ……。


 そして次の日。金曜日。

 今日も今日とて東雲先輩は手作りの弁当を持って1年F組にやって来ていた。もちろん宇佐美先輩も一緒だ。

 佑樹が遠くから羨ましそうに見ているが気にしないことにした。

「白夜くんのクラスは出し物決まったのかしら?」

「はい。1日目が執事喫茶で2日目がメイド喫茶です」

「へぇ~。なんか面白い分け方したね♪」

 3人での会話。今日も学園祭についてだった。

「先輩たちのクラスはなにをするんですか?」

 佑樹のために少しは情報を引き出してやるかと思い口を開く。

「私たちのクラスはコスプレ喫茶だよ……。」

「こういうときに限って男子の結束力がすごいのよね」

 ふたりは疲れた様子で弁当に箸をのばす。

 なるほど。宇佐美先輩もコスプレするのか。佑樹が喜びそうだと思っていると

「一色くんの執事姿見られるの?」

 と東雲先輩が聞いてきた。

「それはちょっと興味あるわね」

 ノリノリの宇佐美先輩。

「たぶん着ますよ。なんか山中さんがそんなこと言っていたので」

 ため息混じりにそうこぼす。

 先輩たちは顔を近づけてひそひそ話を始めた。きっと聞いたら悪い話なのだろう。

 黙って箸を進める。

 ひそひそ話はすぐに終わり、それからは他愛もない話を続けた。


 3人とも食べ終わる。いつも最後は東雲先輩だ。小さな口で少しずつ食べるからちょっと遅めなのだ。

 先輩たちは弁当箱を片付けて立ち上がる。

「一色くんの執事姿、楽しみにしてるからね♪」

「白雪のコスプレも見に来てあげてね」

 じゃあまたね~と言い残して立ち去っていく。「緑ちゃん~。余計なこと言わないでよ~」なんて笑い合いながら廊下へと消えていった。

 いつか俺にもこんなあんな友達ができるのだろうか。

 東雲先輩、どんなコスプレするんだろ?なんて思いながら見送った。

 学園祭を楽しみにしてる自分に気がついて、「俺もずいぶん変わったな」なんて物思いに耽る。


 すすっと佑樹が寄ってくる。

「宇佐美先輩のクラスならコスプレ喫茶らしいぞ」

 教えてやると嬉し涙を流して地面に膝をつき、神に感謝の言葉を捧げて周りをドン引きさせている。

「俺の周りも賑やかになったな」なんて思いながら次の授業の準備を始めた。

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