第2話広がるセカイ

 ~白夜side~


 あんなことがあった次の日。

 寒さは一層増して教室のエアコンが大活躍している。

 そんな昼休み。

 いつものごとく15分空けて学食に向かうため本を読んで時間を潰していた。

 しかし昨日からまったく本の中身は頭に入ってこない。

 頭のなかは東雲先輩のことでいっぱいだった。

 抱き締められた感触。

 本気で怒ってくれた顔。

 本気で泣いてくれた顔。

 そしていつもの柔らかな微笑み。

 なるほど。人を好きになるとこんな風になってしまうのかと、少々の困惑と胸の高まりに支配されていた。


 にわかに教室の喧騒が大きくなる。

 何事かと顔をあげると教室の入り口に東雲先輩がいた。

 きょろきょろと教室を見渡している。


 目があった。


 ぱっと顔を輝かせる。


 そしてそのまま俺の目の前まで来た。

「ここ空いてるかな?」

 前の席を指して問う。

「空いてますよ」

 後ろには宇佐美先輩先輩もいた。

「一緒にお弁当屋食べよう?」

 返事も聞かずに手に持っていた弁当箱を広げる。

 そして

「はい。一色くんのぶんね」

 とかわいらしい箱を手渡してきた。

 訳が分からず宇佐美先輩を見る。

 宇佐美先輩も黙って近くの椅子を取ってきて弁当箱を広げ始めた。

「えっと……。これはどういう意味ですか?」

 改めて東雲先輩に問うてみる。

「昨日言ったじゃん。無駄にはしないよって♪

 もっと一色くんの世界を広げて欲しいの。

 お節介なのは分かってるよ。

 でもやめないからね♪

 そのお弁当、私が作ったんだよ♪」

 なるほど。手作りの弁当か。

 それにしても世界を広げるとはどういう意味だろうか。

「諦めて。白雪は一度言い出したら引かないから」

 宇佐美先輩は諦めているらしい。

 俺は好きな女の子がわざわざ俺のために弁当を作ってくれたということに戸惑いながらもその箱を開ける。

 色とりどりのおかずと海苔の乗った、いわゆる海苔弁だった。

「いただきます」

「うん。美味しくなかったら言ってね。改良するからね♪」


 まずは唐揚げに箸をのばす。

 揚げたてではないからカリっとはしてないが冷めても美味しい工夫がしてあるのだろう。文句なく美味しかった。


「すごい美味しいです」

「一色くんの好みって知らなかったからオーソドックスなものにしてみました♪」

 本当に嬉しそうに柔らかく微笑む。


「緑ちゃん。そういえばもうすぐ文化祭だね」

「そうね。私たちのクラスもそろさろ出し物決めないといけないわね」

 黙々と食べる俺に満足したのか先輩どうしで会話を始めた。


 話を聞くに文化祭の出し物について話し合っている。

「クラスの男子たちは去年と同じでコスプレ喫茶とか言い出すわよね」

 と言えば

「なんで男の子たちはあんなに私たちにコスプレさせたがるんだうね」

 と返す。

 会話が途切れることはない。

 テンポ良く会話が進んでいく。


 それに俺はどうしようもない無力感を感じた。

 こんな風に会話ができない自分。

 いくら本を読んでも身に付かない。

 いつか俺にもこんな風に話すことのできる友達ができるのだろうか。


 つい最近まで友達どころか周りから人を遠ざける行動しかしていなかった自分の心境の変化に自嘲的に笑みがこぼれる。


 3人とも弁当を食べ終わった。

「明日もまた来るからね♪」

 先輩たちは次の授業の準備があるからと少し早めに帰っていった。


 時間が空いてしまった。

 また本を読もうとしたところで声をかけられた。

 名前も知らない女子。

「東雲先輩と宇佐美先輩と仲良いんだね」

「さあ。よくわかりません」

 なぜ俺に声をかけていたのだろう。

「いつもは近づくなオーラ出てたけど今日はあんまり出てないよ」

 それで声をかけてきたのか。

「それにしても1位の人と3位の人と仲良いとまた男子たちから冷めた目で見られちゃうよ?」

 1位?3位?なんのことを言っているのか分からない。

 そこで予鈴が鳴った。

「話しかけやすい一色くんの方が良いと思うな。みんな話しかけたいっておもってるんだよ」

 と言うだけ言って後ろのロッカーまで歩いていく。


 それから放課後まで。たくさんの人に声をかけられた。

 男子は大抵「どうやってあの先輩たちと仲良くなったんだ?!」みたいな内容で。

 女子は他愛もないことを好きに言っていた。

 そのどれもが新鮮で。

 なるほど。

 世界を広げて欲しいとはこの事かと遅まきながら理解する。


 まずはクラスメートの名前を覚えないとな。なんて思いながら帰っていった。

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