第4章 ふたりの物語

第1話初めて

 白夜は自分の全てをさらけ出した。

 それがなぜなのか。それは白夜にしか分からない。

 話が終わると同時に白雪は静かに泣き出していた。

 となりに座る緑は瞳を伏せている。

 白夜だけはしっかりと白雪を見つめていた。

 安い同情はいらない。それが一貫して彼の考えだ。


 次の瞬間。白雪は立ち上がり、机を横に退けて白夜を抱き締めていた。

「ちゃんと泣いた?ちゃんと怒った?」

 泣きながらもしっかりと言葉を発する白雪。緑は驚きの顔で見ている。

「泣きませんし怒りませんよ。喜ぶところじゃないですか」

 白夜は白雪を抱き締め返さないで言葉だけを返す。その顔はいたって冷静だ。

「ちがうよ。そんな親にされたことに怒らなきゃいけないんだよ。

 そんなに悲しい思いをした自分に泣かなきゃいけないんだよ。

 そうしないと感情なんて戻らないよ」

 白雪はいっそう強く抱き締め悲鳴のような声を発する。

 それは白夜の心を揺さぶる。

 手がぎこちなく動く。まるで生まれたての赤ん坊のように。

「ありがとうございます。そうやって泣いてくれる人がいるから俺は生きていられるんです」

 あくまでも自分は泣かないと言外に意味を持たせる。

 それは白雪の心を揺さぶる。

「ダメ。ちゃんと泣いて!怒って!

 そうじゃなきゃ前に進めないよ!」

 白雪は本気の怒りを露にする。

 それは緑も見たことない白雪だった。

 そしてそれは白夜を戸惑わせるには十分だった。

 恐る恐る。初めて白夜は自分から手を伸ばす。白雪を抱き締める。

 その感触を感じた白雪は声を出して泣き始めた。

 白雪の本気の泣き声。白夜は急に視界がぼやけるのを感じた。

 ポトッと瞳からなにかが落ちた。

「ほら。一色くん。ううん。白夜くんはちゃんと泣けるんだよ」

 言われてから理解する。瞳からこぼれているのは涙だと。

「なんで……。なんで俺はこんなに辛い思いをしなくちゃならないんだ……。

 なんで……。なんであんな人間に人生をめちゃくちゃにされなきゃいけないんだよ……」

 自然と口が動いていた。

 それは白夜にとってたくさんあった同情。しかし自分が自分に同情するという初めての出来事。

「ほら。白夜くんはちゃんと怒れるんだよ」

 白雪は抱き締めていた手を頭に持ってきて髪を撫でる。

 思わず白雪を強く抱き締めてしまう。

 もう後戻りはできなかった。

 白夜も声を出して泣き始めた。


 ふたりともそのまま声が枯れるまで泣いていた。


 何分経っただろう。

「あの~。いつまでおふたりさんは抱き締めあっているのかしら?」

 1番先に冷静を取り戻した緑がふたりに声をかける。

 ふたりは瞳をを見合わせると顔を真っ赤にしてばっと身体を離す。

 涙はすっかりやんでいた。


 どこか気まずい3人。

「時間も時間ですしそろそろ帰りませんか?」

 なんとか白夜は声を絞り出した。

「そっそうだね。帰らないとねっ」

 それに乗っかる白雪。

 緑はなにも言わずにサングラスをかけ直していた。


 そのまま会話なく駅まで歩き電車に乗る。

 白夜と白雪はお互いをチラチラと見合っては瞳が合うとそらすということを繰り返していた。

 緑はそれを見て「付き合いたてのカップルみたい」なんて思っているが口には出さない。


 電車が目的の駅に着いた。

 そこからは白雪と緑が同じ方向。白夜は真逆の方向だった。

 改札を抜けて1番最初に声を発したのは白夜だった。

「今日はありがとうございました」

 深く頭を下げる。

「こちらこそありがとね。聞かせてくれたお話は絶対無駄にしないからね」

 柔らかく微笑んで言葉を返す白雪。

「じゃあまた学園で」

 短く返す緑。


 そこで二手に別れた。


 ~白夜side~


 ひとり夜道を歩きながらついさっきの出来事を思う。

 東雲先輩は「怒れ」と言ってくれた。それは今まで誰も言ってはくれなかった言葉だった。

 東雲先輩は「泣け」と言ってくれた。それは今まで誰も言ってはくれなかった言葉だった。


 自分のために本気で怒ってくれた。

 自分のために本気で泣いてくれた。


 だからだろうか。初めて自分のことで泣いた。

 だからだろうか。初めて母親のことで怒った。


 あんなにも心を苦しめていたものは全て吐き出してしまった。


 こんなにも軽い足取りは初めてだ。


 強く抱き締めてくれたあの感触。


 どうやら俺は東雲白雪という人のことが好きになってしまったみたいだ。


 でも、今は告げる訳にはいかない。

 今、告げてしまえばそれは東雲先輩の優しさにつけこんでしまうことと同じだ。

 それは東雲先輩の優しさを裏切ることになってしまう。


 どうしたものかと頭を抱えた。


 ~白雪side~


「緑ちゃんは一色くんの話を聞いてどう思った?」

 ふたりで夜道を歩きながら聞いてみる。

「やっぱり私には同情しか生まれなかったわ。だからなにも言えないでいたのだけど……」

 緑ちゃんは悲しそうに語る。

「でも白雪は違ったわね。同情したらあんな風には怒れない」

 スパッと言い切る辺りが緑ちゃんらしい。

「うん……。私は悲しかった。

 泣けない一色くんに。

 怒れない一色くんに。

 でも最後は怒ってくれた。泣いてくれた。だから満足だよ」

 そう私は満足しているのだ。

 感情を失ったなんて言ってた一色くんはちゃんと怒って、泣けて、ありがとうの言えるイイ子だった。

「あのね緑ちゃん。私、一色くんのこと好きみたい」

 だからさらっとそんなことが言えた。

「そんなの分かってるわよ」

 当然のように緑ちゃんは理解してくれている。

「それでどうするの?告白でもする?」

 ニヤニヤしながら聞いてくる。

「緑ちゃんだって分かってるくせに……。今告白したって同情しただけだってとられちゃうよ」

 そう。私は一色くんが好き。

 そんな一色くんは私に全てを語ってくれた。

 だからこそその信用は裏切りたくない。

 今すぐ告白することはその信用を裏切ることに近いと思うから……。

 だからできない。

「緑ちゃん~。どうしたらいいかな~」

 なんて言ってる間に緑ちゃんの家に着いた。

「それは自分で考えなさい。分かってるでしょ?じゃあまた明日ね」

「うん……。じゃあね」


 私はそのあとうんうん悩みながら家に帰っていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る