第3話急接近するふたり 後編

 ~白雪side~


 少し戸惑いがちに家の門をくぐる一色くん。

 私だって戸惑っている。

 なのにお母さんがぐいぐい背中を押して、腕を引っ張っるからふたりして引きずられていく。

 一色くんはもちろん家まであがるつもりはなかったのだろう。

 お母さんが「あがっていったら?」なんて言わなければそのままバイバイだったはずだ。

「一色くん、時間は大丈夫?」

 施設なら外出時間とか決まっていると思い聞いてみた。

「少しなら大丈夫ですよ」

 諦めたのか声に冷静さが戻っている。

「お邪魔します」

 とは言え遠慮がちなのは変わらない。

 私だって逆の立場なら遠慮しちゃう。今だって胸がドキドキしてる。


 お母さんはリビングまで私たちについてくると

「そこのソファーでゆっくりしてね」

 と言ってパタパタとお茶の準備を始めた。

 一色くんはその姿をなにか悲しそうな瞳で見ている。

 きっとこれはまだ立ち入ってはいけない話題だと判断する。

「私はお部屋で着替えてくるからソファーでゆっくりしてね♪」

 おずおずといった感じでソファーに腰を下ろす一色くん。

 プラムとリンゴが警戒して遠くから一色くんを見ている。

 それに気がついたのか一色くんは困ったような顔をしてじっとしている。

 そんな姿を見てから階段を上がりお部屋に入る。


 自分のお部屋の扉を閉めると私はそのままへたっと床に座り込んでしまった。

 あんなに遠かった一色くんが家まで送ってくれた。そして今、私の家にいる。

 改めて考えて腰が抜けてしまった。

 今も一色くんは下にいる。スタンドミラーに映った私の顔は真っ赤だった。


 何分そうして鏡を見ていただろう。

 一色くんがひとりで待ってることを思い出してやっと立ち上がった。

 いつもの部屋着に着替えようと思って、止めた。なんとなく恥ずかしかったのだ。

 クローゼットを開ける。

 一色くんに可愛いって言ってもらえる服にしよう。そう思ってクローゼットから服を出してはベッドに投げる。


 時間をかけすぎてはいけないと思い、結局1番お気に入りのピンクのロングワンピースにした。


 ドキドキしながら階段を下りる。

 一色くんは「可愛い」って思ってくれるかな、なんて期待をしてしまう。


 話し声が聞こえる。

「彼氏じゃないですよ。今日たまたま東雲先輩に助けて頂いたのでそのお礼に送らせてもらっただけです」

 一色くんの声だ。少し困ったような声だった。

「お母さん!一色くんが困っちゃうでしょ!やめてあげて」

 慌てて止めに入る。お母さんはまだなにか聞きたそうな顔をしている。

 これは良くないと思い

「一色くん。私の部屋に行こう?」

 と言って返事も待たずに腕を引っ張って階段を上がっていく。お母さんはなにやらニヤニヤしたままだった。


 ドアをバタンと閉めてから気がついてしまった。

 これ、ふたりっきりだ……。

 気づいてしまったらドキドキが止まらない。

「ごめんね。クッションとかなくて……。好きなところに座ってね♪」

 動揺を隠して一色くんには座ってもらう。

 なのに一色くんはある一点を見つめている。

 それは写真。この家を建てた時にお父さんとお母さん、そして私の3人で撮った写真。

 またどこか悲しそうな瞳で見つめている。

 亡くなったお母さんのことを思い出しているのだろうか。

 あえて気がつかないようにして

「どうしたの?遠慮しないでソファー座ってね♪」

 声をかける。一色くんは今度は写真から目をそらしてソファーに腰を下ろす。

 ここで黙ってしまったらまた余計な心配をかけてしまう。

「一色くんっていつもテストで学年主席だけど、どんなお勉強してるの?」

 そう思った私は一色くんに話しかけた。

「特別なことはなにもしてないです」

 どこか上の空な一色くん。

「もしかしてお母さんになにか余計なこと言われた?気にしなくていいからね」

 お母さんは一色くんが施設にお世話になっていることを知らないからしつれいなことを言ったのかもしれないと思いフォローする。

「大丈夫ですよ。余計なことなんて言われてませんから」

 そしてふとベッドの上を見る。

 大量の服が出しっぱなしになっていた。

「ちっちがうの。いつもこんなんじゃくてねっ。さっきお洋服を選んでた時にねっ。せっかくなら一色くんに可愛いって言ってもらえるお洋服にしようと思ってねっ。」

 慌てて余計なことまで言ってしまった。

 顔が熱い。きっとさっきより真っ赤になってるだろう。


 気まずい沈黙が流れる。私は慌てて洋服を片付けていた。恥ずかしくて一色くんの顔が見られないから。


 お洋服を片付け終わっても一色くんの顔は見られない。


 沈黙を破ったのは一色くんだった。

「そのワンピース、可愛いと思いますよ」

 一色くんも顔を真っ赤にしている。けれども可愛いって言ってくれた。

 それが嬉しくてつい頬が緩んでしまう。

「そうかな?えへへ♪ありがとう♪これはね、前の誕生日に緑ちゃんが買ってくれたんだよ」

 言いながら、ふと一色くんのおしゃれな姿が浮かんだ。


 お部屋の時計が鳴った。午後5時だ。

 それを見て

「すみません。そろそろ失礼します」

 と言って一色くんは鞄を手に取る。


 せっかくここまで仲良くなれたんだ。

 このままお別れしたらまた一色くんが遠くなってしまう。

 これを無駄にしたくない!

「一色くん!明日ってお暇かな?今日のお詫びにお洋服買いに行かない?」

 思いきって誘ってみた。

「服を買うなら宇佐美先輩と一緒の方がいいんじゃないですか?」

 勘違いしている。

「ちがうの。一色くんのお洋服を買いに行こ?っていう意味なんだけど……。もちろんお詫びだからお金は出すよ!」

 断られることが怖い。

「分かりました。でも金は自分で出すのでいいですよ」

 しばし考えたあと了承してくれた。


 このあと待ち合わせ場所や時間など細かい打ち合わせをしようと思ったが

「すみません。そろそろ帰らないとまずいので……」

 と言われてしまった。

「一色くん。LINEのID交換しよう!」

 もう私はなにがなんだか分からないぐらいにテンションが上がってしまっている。

 一色くんはガラケーだったのでLINEは

 してないとのことでメールアドレスと

 電話番号を交換した。


 玄関まで見送る。途中まで見送ろうかと提案したがきっぱりと断れてしまったので玄関まで。

「じゃあね。一色くん。ちゃんとメール見てね♪」

「またいっらっしゃい。歓迎するからね」

 そんなお母さんと私の言葉で背を押され一色くんは帰っていった。


「またずいぶんと悲しそうな瞳してる子ね」

 お母さんも気づいたみたいだ。

「でも白雪を見てるあの子の瞳はすごく優しいわ。でもなにかを怖がってるようにも見えるわ。白雪はあんな子放っておけないわね。」

 ポンと頭を撫でてキッチンに戻るお母さん。

「優しいのは知ってるもん」

 誰の耳にも入ることなくその言葉は消えていった……。


 まずは緑ちゃんに今日の報告して、明日の相談をしないと、と思いお部屋に戻る。


 結局緑ちゃんに電話して怒られたり、呆れられたり、褒められたりしながらお洋服を選んだ。

 そのあと一色くんと明日のことを相談して長い1日が終わった。

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