第3話急接近するふたり 前編
~白雪side~
一色くんのことをもっと知りたいと思い、行動を起こしてから1週間が経った。
一色くんは平日は必ず遅めの学食に来ていた。そこに私が行って声をかける。
でもなかなか会話にならない。
一色くんが遠慮をしているのかあまり話してくれないのだ。
緑ちゃんは
「基本的に誰にでもああいう姿勢じゃない?」
と言っていた。確かにそうかもしれない。
きっと一色くんにとって私はまだその他大勢の1人なのだろう。
そしてその、その他に一色くんは距離を取ろうとする。
決して私は一色くんの特別になりたい訳じゃない。
でも、もしかしたら今の一色くんにとって「友達」という物はある意味「特別」なのかもしれない。
これは作戦を変える必要があるかもしれない……。
土曜日。緑ちゃんとお弁当を食べていた。
「1週間、近くで一色くんのこと見てみて、緑ちゃんはどう思った?」
学食で声をかけるのも私。会話をするのも私。緑ちゃんはただ聞いているだけだ。
意味なくそんなことをする女の子じゃないことを知ってる私から考えてみても不思議だった。
「どうって言われてもねぇ……。正直に言って良いかしら?」
緑ちゃんは食べていたロールキャベツの欠片を飲み込んで答える。
「うん……。お願い」
やっぱり思うところがあるようだ。
「正直、このまま同じ事を繰り返しても白夜くんとは仲良くなれないと思うわ」
やっぱりそうか……。緑ちゃんも同じ事を感じていた。
「じゃあ……どうしたらいいのかな……?」
おもわず緑ちゃんにすがり付く。
「もういっそ告白でもしちゃえば?」
なんてニヤニヤしながら言う。
「こっ告白するなんて無理だよ!一色くんだって困っちゃうし……」
緑ちゃんが変なことを言うから焦ってしまう。
「そんな顔真っ赤にしてる白雪を見たら白夜くんも態度が変わるかもしれないわよ」
尚もニヤニヤしている緑ちゃん。
「いいもん。もう自分で考えるから」
ぷいっとそっぽを向く。
「拗ねないの。じゃあ取って置きの情報をあげるわ。学園では今、白雪と白夜くん、付き合ってるって噂になってるわよ」
「えっーー!!」
びっくりだ。というかこの学園、噂好きな人が多い気がする……。たった1週間でそんなことになっているとは……。
「一色くん、大丈夫かな?」
一色くんはそんな噂を気にしないでいるのだろう。でも緑ちゃんの「私が人気ある」なんて未だに実感のない話を聞いた後だと心配になる。
「そろそろ男子たちのやっかみが直接的になる頃よね」
緑ちゃんはなんてことない顔でそんなことを言う。
一色くんならそんなやっかみをはね除ける強さを持っていると私も思っている。緑ちゃんも同じ事を思っているのだろう。
「バスケ部の人たちがすごいのよ。私に「本当に東雲さんて一色くんと付き合ってるの?」って聞いてきて。否定も肯定もしてないんだけどね」
疲れた顔で言う緑ちゃん。
「えっ?!なんで否定してくれないの?一色くんの迷惑になっちゃうじゃん……」
「否定しない方ができることが多いからよ」
なにか考えがありそうな緑ちゃん。次の言葉を待つ。緑ちゃんはお弁当の最後のデザートにとっておいたみかんを食べ終えた。
「要は白夜くんのペースで話そうとするから態度が変わらないのよ。そういう時はこっちのペースに持ち込むしかないわ」
そう言って出してきたアイディアは
「お弁当作って教室まで行くわよ」
というとんでもないことだった。
「えー!!無理だよ……。恥ずかしいよ……」
大きな声で驚いてそのあとは声が小さくなってしまった。
「もうかなり大きな噂になってるわ。これを利用して白夜くんに手作りのお弁当を持っていってこっちのペースに巻き込むのよ」
ちょうど私もお弁当を食べ終わった。
「やるかどうかは白雪に任せるわ。じゃあ私は部活に行くから」
そう言って立ち上がる。
私も一旦頭を切り替えて素早く荷物をまとめると
「うん。じゃあ私も帰るね♪」
とバイバイした。
廊下をひとりで、てくてく歩いている。喉が乾いたので学食の前にある自販機でミルクティーを買って飲んでから帰ろう♪と思い昇降口まで歩いていた歩みの行き先を変える。
学食の前で自販機にお金を入れようとした時
「てめぇ。東雲さんと付き合ってるというのは本当か?なのにあの冷たい態度。ふざけんよ!」
という怒鳴り声が聞こえた。
声のした方を見ると数人の男子に一色くんが囲まれていた。
よみがえるのは幼い記憶。あのとき私は男の子に囲まれて震えることしかできなかった。そして今も見ていることしかできない。
無視して本を読んでいる一色くん。
とうとう1人が一色くんの胸ぐらを掴んで強引に引っ張った。
本が床に落ちる。学食中が静まり返っていた。
「そんなことお前に関係ないだろ。手を離せ」
と言う一色くん。
「1年のくせに生意気言うじゃねえか。覚悟はできてんだろうな」
胸ぐらを掴んでいなかった周りの男の子たちもじりっと近づく。
次の瞬間。一色くんは胸ぐらを掴んでいた男子の手をそのまま引き寄せると魔法のようにそのまま投げ飛ばした。
私の目には本当に魔法の様に見えた。
そしてそのまま大きな喧嘩になる。
一色くんを囲んでいた男の子たちが怒鳴りながら殴りかかった。
最初は殴ったり殴られたりだったが数が違い過ぎる。
一色くんがお腹を殴られ苦しそうに床に膝をついた。
私は走り出していた。震えることしかできなかった私。でも今は違う。一色くんが傷ついている、その光景が私の足を動かしていた。
男の子たちの間をすり抜け、今まさに苦しそうにお腹を抱えて膝をついている一色くんに覆い被さるように抱き締める。
「やめて!これ以上一色くんをいじめないで!」
無我夢中で大きな声を出していた。
私も殴られるかもしれないという恐怖があった。でもそれ以上に一色くんが傷つけられることが耐えられなかった。
「大丈夫?一色くんっ」
私は泣き出していた。
騒ぎを聞き付けた先生たちがやってきてその場にいた生徒たちを連行していく。当然のように一色くんも連れていこうとする。もう苦しくはないのか、黙ってついていこうとする一色くん。
「待ってください!一色くんは被害者ですよ!先に保健室に連れていってあげてください」
先に行こうとした一色くんの手を掴んでお願いする。
先生は
「東雲も見てたんだな。なら一緒に来なさい」
と言って私のお願いを聞くことなく私も連行された。
職員室で話をあらかた聞いた先生は、正当防衛ということだと分かってくれたので、一色くんは反省文だけとなった。
先に帰された私は昇降口で一色くんを待っていた。
私が悪いのだ。一色くんの迷惑になると分かっていて近づいたのだから。
私がなにかされるのは仕方ない。なのに標的は一色くんだった。
自分の考えの甘さが一色くんを傷つけられることになってしまった。そう思うとまた泣いてしまった。
ハンカチで目を抑えていると足音がした。
ぱっと顔をあげる。
一色くんがいた。顔は少しアザができていたり、絆創膏が貼ってあったりする。
謝らなくちゃいけない、と思っているのに言葉が出てこない。それどころか顔をそらしてしまった。
無言で靴を履き替える一色くん。
きっとこのまま私のことは無視して帰ってしまうのだろう。
そして私は二度と一色くんに近づいてはいけない。
それが分かったとき我慢の限界だった。涙が止まらない。もう一色くんと関わることができないことが悲しくて。
なのに
「そんなに泣かないでください。俺は大丈夫ですよ」
声をかけてくれた。
涙でぐしゃぐしゃの顔で一色くんを見上げる。
一色くんは黙ってポケットからハンカチを出すと私の涙を拭い始めた。
その不器用な優しさが嬉しくて、もっと泣いてしまう。
10分ほどそうしていただろうか。
泣き止んだのを確認してから
「庇ってくれてありがとうございました。こういう時、どうしたらいいか分からなくてすみません。こんなことしかできなくて……」
と、本当にすまなさそうに謝る一色くん。
「私の方こそごめんなさい……。私が一色くんの周りをうろうろしてたから……。迷惑かけてごめんなさいっ」
やっと謝ることができた。でも謝ったからと言って許してもらえるかは別問題だ。
「大丈夫ですよ。迷惑なんて思ってないですから。だから笑ってください。いつもみたいに」
なんて優しい言葉をかけてくれる。
だから、私にできる精一杯のこと。
いつもみたいに一色くんに笑いかけた。
「またお昼、お邪魔してもいいかな?」
一色くんは
「構いませんよ」
と言った。一色くんは少し嬉しそうに
「じゃあ帰りましょ?」
と言って私が歩き出すの待ってくれている。
「うん♪」
そうして初めて一緒に下校することになった。
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