第5話彼の1日

 土曜日のある日。


 白夜の朝。

 白夜は朝にとても弱い。

 施設の先生に起こされるまで起きない。というか何回も起こされる始末である。

 結局30分ほどかかり起こされ、不機嫌なまま朝食をとる。だから比較的いつも遅めの登校なのだ。

 寝起きのボーッとした頭では本は読めないので朝食のみが唯一本を読みながら食べない1食である。


 朝食を食べ終え食器を片付けた。その頃にやっと白夜の頭は活動を始める。

 寒くなってきたので制服の上にコートを羽織り、昨日読みかけだった本を持ちと新しい本を1冊カバンに入れて登校する。


 白夜の通う紅葉園学園は徒歩で15分ほどの距離である。自転車通学も認められているが、自転車だと本が読めないので白夜は徒歩で登校していた。登校中ももちろん本を読んでいる。今、読んでいるのは俗に言うライトノベルというやつだ。読まず嫌いは趣味に反するので、売れ筋というか、でかでかと「純愛ラブストーリー。完結!」というポップが飾ってあったものを大人買いしたのだ。今はちょうどその最終巻。

 なるほど。ライトノベルも悪くないと思いながら白夜は読み進める。足も止めない。


 学園に着くと1度本を閉じて片手を開け、靴を履き替える。履き替えたらすぐに読書に戻り、黙々と廊下を歩く。挨拶をしてくる人などいないし、挨拶をする相手もいないので黙って教室に入り自分の席に座る。コートは椅子の後ろに引っ掛けておく。そしてそのままホームルームが始まるまで本を読み続ける。


 授業が始まる。ここ紅葉園学園では月曜日から金曜日までが6限まであり、土曜日は4限まである。土曜日は一応学食も開いているので、食べないで帰る生徒と学食でなにか食べて部活に向かう生徒、そして教室で弁当を食べる生徒、学食で食べてから帰る生徒に分けられる。

 白夜は学食で食べて帰る生徒の1人だった。授業中、普通に先生が黒板に書いたことをノートに丸写しする。白夜はいつも「教科書の丸写しを丸写しして意味があるのか?」と思いながらもノートは書く。質問を当てられれば簡潔に答える。

 よくできた優等生だと自分でも思うぐらいだ。

 そして4限が終了。土曜日は学食も混まないので、カバンから読みかけの本を出して読みながら学食に向かう。


 いつも通り日替わりランチを食べながら本を読む。ふと本を閉じて机の上に置いた。そして思い出すのはあの柔らかな微笑みの少女。初めて見る顔なので、おそらく1年ではないだろう、と自信なさげに思う。白夜はあまり人の顔を覚えることが得意ではないのだ。興味がないことが1番の理由なのだが本人はそのことを気にしたことがない。

 しかし、あの少女のことは気になった。気になって白夜は周りをぐるりと見回してみる。やはりいないことを確認して考えた。

 考えるだけ無駄だと。もう会うこともないかもしれない人間のことを考えても仕方ない。そう思い本を手に取り食事を再開する。

 なぜか、本には集中できなかった。


 帰ろうと思い下駄箱を開けると1通の封筒。「またか……」と思いながらもその場で封を開ける。「今日の15時に校舎裏に来て下さい。大事なお話があります」と綺麗な文字で書いてあった。現在の時刻は14時。1時間潰す必要がある。

 教室に戻り本を読んで時間を潰すことにした。

 無視するのが1番手っ取り早いのだが、白夜にはそれができない。なぜかは本人も理解できていないのだが……。


 時間きっかりに校舎裏に来ると1人の女子生徒が壁に寄っ掛かるようにして待っていた。白夜が来たことに気がつくと恥ずかしそうにしながら白夜に向かい合う。

 白夜は「うざったい効果はなかったな」と心の中で苦虫を噛んだ気持ちでいながら向こうが話し出すのを待つ。

 女子生徒はそんな白夜の気持ちを知らず告白する。

「いろんな人が告白していることは知っています。それを全部断り続けていることも。それでも私は一色くんが好きです。言わせてください。彼氏彼女として付き合ってもらえませんか?」

 白夜は答える。いつも通りに。

「あなたの名前も知らないのに付き合うとかありません」

 話は終わったとばかりに振り返ろうとすると

「じゃあまずは友達から。私のことを知ってください。その上で断って下さい」

 と続けてきた。

「友達からでも興味ない人とは関わらないから。無理です。諦めて下さい」

 白夜は無愛想に返す。

「やっぱり東雲さんが好きなんですか?」

 白夜は訳が分からなかった。東雲?誰だそれは。なぜその名が出てくる?

「学園中で有名です。学食で一色くんが東雲さんに声をかけたって。一色くんから声をかけた初めての女の子だって」

 困惑している白夜に女子生徒はしつこく食い下がってくる。

 一瞬で理解する。あの日の相席のことか、と。しかし女子はふたりいた。ということはどちらかが東雲なる人物だということだ。

「そうです。俺は東雲さんが好きだから諦めて下さい。」

 めんどくさくなってきた白夜は女子生徒の勘違いを利用させてもらうことにした。

 すると女子生徒はため息をついて

「東雲さんなら勝ち目ないなぁ。分かりました。今日は来てくれてありがとうございました」

 そう言って白夜より先に校舎裏から出ていった。

 白夜はこれが大きな墓穴を掘ったということに気がつくのはもっと後になってからだった……。


 そんなこんなでいつもより少し遅めに施設に帰り、ベッドで横になり本を読む。

 そのうち施設の子供たちがご飯だと告げに来た。

 子供たちと食事の時間が重ならないように時間をずらして本を読みながら食事をとる。

 シャワーを浴びて眠くなるまで本を読んでいた。すこしうとうとしてきたのがちょうど零時を回った辺り。

 寝るかと思い本を閉じて手元の電気を消し寝る体勢に入る。

 目をつぶると不思議と「東雲さん」という名前が思い浮かんできた。果たしてどちらが東雲さんなる人物だったのか。

 あの柔らかい微笑みを思い出して白夜は深い眠りに落ちていった。

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