6(1).文化祭1
その高校は、もちろん僕の高校ではなくて、彼女の通う高校でもないはずだった。でも、名前だけは聞いたことがあった。確か、芸術系の高校だったはずだ。
「中学の時のね、友達が、ここに通っているの。」
おんなじ部活だったんだよねー と入場ゲートをくぐりながら彼女が言う。さすが、ゲートひとつとっても飾り付けが凝っている。きっと、僕の通うような普通科の文化祭とは意気込むところが違うのだろう。
……おなじ?
「みずのさん、中学の部活って…」
「んー?美術部。」
意外だ。木に登っていた印象が強すぎて、てっきり運動部のなにかだと思っていた。
「意外って、しつれいね」
口に出ていたようだ。しまった。慌てて彼女を見るが、口元が笑っていた。別に怒っているわけではないようだ。
そして、その首にかかるカメラを見て、木に登っていた理由を思い出した僕は、別に意外というわけではなかったと思いなおした。
そんな僕にはお構いなしに瑞乃さんは
「招待券が無駄にならなくてよかった。」
そう言ってにっこりと笑って、かばんから2枚のチケットを取り出し、ヒラヒラと僕に示しながら受付に並ぶ。
「理由も聞かされずに、あんなに強引に呼び出されたのは初めてでしたけどね。」
彼女について並びながら、これまた思わず言ってしまった。
それでも彼女はやはり笑うだけだった。
「まあ、せっかく来たんだから、楽しもう!」
瑞乃さんはそういうが、果たして、僕は楽しめるだろうか。人込みを見つめて、僕は考えた。
人込みは嫌いだ。こんな祭りのような、熱気を持った人ばかリがいる空間は特に。
そもそも、僕は文化祭というものが好きではない。好きか嫌いかの2択で聞かれれば、「嫌い」と答えるだろう。
皆と何かをすることが嫌いなわけではない。ただ、作業が増えるということは、必然的にコミュニケーションが必要となる場面が増えるということで、それが苦手だった。
まあ、とにかく、彼女の言ったように、来てしまったものは仕方がないのだ。
……はぐれないようにしよう。
僕は、目の前の人込みから瑞乃さんに視線を移し、今日の目標を立てたのだった。
受付を終えた僕たちは、模擬店が並ぶ通りを歩いていた。彼女は特にこだわりはないようで、すいている店を見つけては食べ物を買っていた。僕も彼女について、焼きそばと、フランクフルトを食べた。
僕が今朝思った通り、彼女はこれだけ人であふれている中でも、ほかの人の目を引いた。模擬店の客引きの人たちに、普通の人以上に声をかけられるのだ。
もちろん彼女に声をかけるのは呼び込みの人だけではなかった。しかし彼女の対応も慣れたもので、華麗にスルーしていく。
慣れって怖いな
そんなことを思いながら彼女の半歩後ろを歩いていると、彼女が急にばっと振り返り、僕の腕を引っ張った。
「ごめんなさい。今日は連れがいるの。」
僕の腕をつかんだ彼女は、満面の笑みでこう言った。そういえば彼女の全面的な無視にもめげずに話しかけ続ける人たちがいた。顔を正面に向けると、いかにも、といった雰囲気を醸し出す、お兄さんたちがいた。
急に傍観者から当事者に引き込まれた僕はというと、何か気の利いた事ができるわけもなく、ひたすら目をそらすしかない。
正直なところ巻き込まないでほしかった。
僕は虫よけ要員か、と思うと同時に、僕なんか虫よけになっているだろうかという疑問が頭をよぎる。
僕の心配をよそに、お兄さんたちは悔しそうに去っていった。しかしそれだって、僕がいたからというより、彼女の目に「どうやったって行かない」という強い意思を見たからだろう。満面の笑みではあったが、そういう眼だった。
「なんだか。これ以上ここにいると面倒ね。」
去っていく彼らを見送りながら、苦笑いを浮かべて彼女は言った。そして、僕の腕から手を離すと、今度はがしっと僕の手をつかんだ。
「え?ちょっと、瑞乃さん?」
困惑する僕に、彼女はにっこりと笑って見せる。先程までとは違う、何かを企んでいる笑みに見えた。
そして、
「行こうか」
そう言うと同時に、勢いよく走り出した。
◇◇◇
彼女の宣言通り、僕たちは走っていた。走るといっても、屋台の通りに居る間は早歩き程度だったが。
きっと砂埃を立てないようにしてるんだろうな…。
そう思うとちょっとおかしくて、顔が緩みかけた。しかし、のんきにそんなことを考えている場合ではなかった。
テントのある通りを抜けると、もう何も気にする物はないというように、ぐんとスピードが上がったのだ。
「ちょっと、あの、行くってどこに?」
そう尋ねた僕に、彼女は振り向いて言った。
「とりあえず!建物の中!」
まるで自分の学校のように彼女はずんずん進んで、あっという間に校舎にたどり着いた。校舎の中に入った僕たちは廊下を歩いていた。
実際に走った距離はそんなにないはずだったが、普段から走ることなんてない僕は息が切れてしまった。対して彼女は顔色一つ変わっていなかった。
建物に入ってしまえば大丈夫でしょう。と彼女は苦笑いで言った。さっきのことを思い出したのだろう。 確かに、建物の中は外と比べ、かなり落ち着いているようだった。
校舎内はどこを見ても展示コーナーになっていた。コースがあるのだろうか。それぞれの教室で違った展示がされているようだ。さすが、芸術系の学校だ。
売り上げを出そうと必死になっている客引きもいなければ、出会い目的で話しかけてくる派手なお兄さんもいない。自分たちの作品を見てもらおうと呼び込みをする人たちはむしろ好ましく思えた。
そんなことを思っていると、彼女が言った。
「じゃあ、ちょっと早いけど行きましょうか。もうちょっといろいろ見ていきたかったんだけど。」
「…え?」
今度はどこへ行こうというのだろう。そう思っていると、彼女は友だちに会いに行くのだと言った。なるほど、招待状をくれた人のことだろう。
しかし、僕たちはなかなか目的地には辿り着かなかった。瑞乃さんは、気になった展示があると、吸い込まれるように教室に入っていくからだ。自分もしているからか、写真の展示は他よりも長く、熱心に見ていた。
そんな彼女をみていると、羨ましい、と素直に思った。趣味という趣味がない僕からすると、夢中になれるものがあることは、それだけですごいことだった。
そんな彼女の後を追いながら、水彩画と、写真の展示室をいくつか見た時、僕は気づいた。
彼女は地図を持っていない。たいていの文化祭では、校内図の載ったプログラムが配られるはずだ。しかし、彼女の手には何も無かった。
もしかして、やみくもに探しているのではないだろうか。
友達が何処にいるか分からず、片っ端から見ていくことになったとしても、彼女ならやりそうで、僕は気が遠くなった。
「はー。やっぱりみんなすごいなあ」
瑞乃さんは、僕の心中など知る由もなく、廊下に出ると背伸びをしながら満足そうにいった。そして、はっとしたよう僕くのほうをふり返った。
「ごめんね。退屈じゃない?」
今更だなぁ。と思いつつ僕は答える。
「いえ、大丈夫です。」
むしろ、話題を探さなくても間が持つからありがたいと思っていた。だから、全然問題はない。問題ないが……
「あの、友達に会いに行くのでは……?」
流石に気になったので聞いてみた。
「そうそう!
目的を忘れるところだったわ。」
そういって、彼女はまた僕の手首をつかんで歩きだした。
この手、は癖なのかな……?
自然な流れで手をとって進む彼女に対して、僕はなんだかくすぐったいような妙な気持ちになった。
「あの、瑞乃さんって、兄弟とかいたり……?」
自然に誰かの手をひく場面を絞りだして聞いてみる。
「え?うん。弟が一人いるけど。」
そうか。じゃあ僕は弟みたいなものなのか。自分で聞いたくせに、なんだか複雑な気持ちになってしまい、僕はこれ以上考えない事に決めた。
秋のセミ 優木 @miya0930
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