4. 呼び出し

「そういえば、連絡はあったのか?」

昼休み、京也が聞いてきた。

「ほらあの、先週の・・・ミズノさん?」

京也もなんだかんだ気になっていたらしい。


「あぁ・・・うーん。」

僕は返事に困った。



結論からいうと、連絡はあったのだ。

でも、どこから説明しよう。

あの夜ショートメッセージがあったのだ。



 >こんにちは。

 >ヒロ君のケータイであってるかな。

 >合っていたら、返信ください。

 >そして、ヒロ君の本名を教えてほしいな。

 >あ、私は○○高校3年吉井瑞乃といいます。

 >連絡、待ってます。


 

彼女の声で再生されそうな文章だった。


3年・・・ということは先輩だったんだ。

いや、それより、


苗字・・・ミズノって苗字じゃないんだ・・・。


僕は思った。

普通、初対面の人間には苗字を名乗るだろう。

下の名前を言うとしても、普通それだけを伝えるか?


本当に彼女の行動は僕には予想がつかない。



上手く説明できる自信がなくて、結局悩んだ末に携帯の画面を見せることにする。



「え、ミズノさんって下の名前!?」


苗字だと思ってたから普通に呼んじゃったよ…

京也が驚く。


やっぱりこれが普通だよな。

僕は京也の反応を見て、自分の感覚が一般的であることを確認して安心した。



 >連絡ありがとう。

 >黒瀬弘人くんっていうのね。

 >じゃあ黒瀬くん、いややっぱりヒロ君の方がしっくりくるなあ…



彼女とのやり取りは続いている。


京也に画面ごと見せたということは、その後のやり取りも見ることが出来るわけで、


ふーん。ちゃんとやり取りしてるじゃん。


そういってにやにやする京也に、

僕は少しの気恥ずかしさと、ミズノさん、いや吉井さんに対する少しの罪悪感を覚えていた。



おーい。京也!


教室の入り口から京也を呼ぶ声がする。

京也のクラスは次の時間、移動教室のようだ。



京也を呼ぶ友人に、すぐ行く!と答えながら

面白そうに画面をなぞっていた京也の手が止まった。


そして、驚いたように僕の顔を見る。

最後のメッセージを読んだのだろう。



 >ヒロ君、ちょっと付き合ってほしいところがあるのだけど

 >今度の日曜日空いていますか??



普通に見たら、予定の確認とお願いだが、

彼女の場合、



空いてるでしょう?ね、いいでしょう?


と聞こえてきそうだと僕は思った。




「で、行くのか?」

そう僕に聞く声にも驚きが表れている。


その様子からも僕の答えは予想がついているだろうに、


そう思いながら僕は言う。

「いや、断るつもり・・・」


「だろうな。でも、たまにはこういうのもいいじゃん。いけば?」

驚いて尋ねてきたくせにこんなことを言ってくる。



「他人事だな。」


僕が言うと


「まあ、ひとごとだからな。」


そういって笑いながら、京也は走っていった。



京也を苦笑いで見送りながら僕は考える。



さあ、どうやって断ろう。





 そう。僕は断るつもりだった。

 本当に、そのつもりだったんだ。






・・・結局こうなるんだよなあ…



日曜日、僕は駅前の定番の待ち合わせスポットにいた。

何をしているかというと、もちろん、彼女を待っているのだ。


京也に見せたあのメッセージ以降も何度も頼まれ、行くことになってしまった。


―あんなこと言われたら、仕方ないよな…。


僕は、極め付けの彼女の言葉を思い出す。

 

 >うーん。でも、予定はないんだよね?

 >もし休みの日に出掛けるのがいやだったら、金曜日にしよう!

 >私、放課後に君の学校に迎えに行くから。



放課後、校門に立つ彼女の姿が容易に想像できた。



うちは公立の共学校だ。

そんなところに、有名女子高の制服を着た彼女がたっていたら 、目立つに決まっている。

予定はないが、遠慮させてもらいます。

というような意味の文面で、遠回しに断ろうとしたのがあだとなった。


予定があるっていえばよかったかな…。

しかし、そういってしまったら、じゃあいつ空いてるの?って聞かれるに決まっていたのだ。



なぜ、そこまで、僕にこだわるんだろう?


ふと浮かんだ疑問を自分で打ち消す。

いや、きっとこだわるとかじゃなくて、僕の反応を見て、(この場合は想像してだが)楽しんでいるんだろうな。



結局、京也には、行くことになったことを伝えられていない。


これも嘘ついたことになるのかな…。


「なーに神妙な顔をしてるの?」

僕の考えに、声が割り込んできた。


やあ、おはよう。

そう言って彼女がやってきた。


「・・・おはようございます。」

僕もあいさつを返しながら、彼女を見た。


私服だ。

曜日を考えると当然なのだが、僕は思った。


初めて会った時と同じような、シンプルなニットに、動きやすそうなパンツスタイルだ。

一つ違うのは、薄手のコートを着ている点だ。


シンプルな格好だが、しかし、決して地味には見えない。


むしろ、彼女の顔立ちやスタイルを際立たせている。


前回は、出会い方のせいか、活発なように見えたが、今日は最初から髪を下ろしてきていることもあり、清楚な雰囲気も残している。


すれ違う人の目を引くことは間違いなかった。



僕は今日この人の隣を歩いて、ほんとうに大丈夫なのかな・・・?


さっきまで悩んでいたことも忘れて、そんなことまで考えてしまい、

僕は何を考えているんだと気づいた。


顔が熱くなっていくのが分かる。


「神妙な顔をしたり、赤くなったり忙しいわね。」


彼女がにやにやしながら言ってくる。


何も気にしていないような彼女に、僕は


「気にしないでください。」



これだけ言うのが精いっぱいだった。


「ふーん?じゃあ行こうか。」


彼女はそういって歩き出した。


僕がさっき使ってきた駅に向かっている。

また電車に乗るようだ。


「ちょっと、ミズ・・・吉井さん!待ってください。」


慌てて僕も歩きだす。


彼女はずんずん進む。

「ヒロくんはやくー。」

彼女が叫んでくる。それも満面の笑みで。


日曜日の駅は相応に込んでいて、僕は彼女を見失わないよう目で追いながら、

人込みをかき分けて何とか追いつこうと試みる。


見失ってはいけない。

ここで見失ったら、迷子だ。



・・・そう、僕は今日、どこに行くのか知らないのだ。


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