第44話 あさりと私
いつの頃からだろうか、僕は自分の部屋から出られないようになってしまった。いわゆる世間で言う、「引きこもり」というやつだろうか。
回りの大人達は、僕のことなどまったくの無関心。
僕は自分の殻にじっと閉じこもって、ひとりも友達を寄せ付けない、そんな生活を送っていた。
ある日、僕は一匹のあさりを眺めていた。ただ、飽きもせずにずっとね・・・
父は、そんな僕にあきれ顔。
お母さんはと言うと、僕に「早く食事を済ませてちょうだい」だってさ。たまには親らしいことも言うもんだと思いながらも、僕はまた、自分の殻にこもってしまった。
あさりをよーく観察していると、彼らは実にたくましく生きている事が分かった。二枚の殻の間からは二本のストローのような管が出ている。
これが水管と言うのだろう、前に兄から聞いたことがある。
その管を、これまたよーく見てみると、その回りの水が微かに揺れているのだ。
水を吸っては吐き、吐いては吸っている。
確かにあさりも生きているんだ。生きるための営みを一生懸命にしているんだ。
その姿は、まさに神秘的とも思えた。
僕は急に、自分の殻にばかりに引きこもって、自分のことばかり考えていることが恥ずかしくなってきた。
僕は「あさり君、友達にならないかい?」と、声に出して言ってみた。
そんな僕に、父は相変わらず、あきれ顔。
お母さんも「だから、早く食事を済ませてちょうだいって言っているでしょう」だって。
そりゃあ、世間から見れば僕の行為は少しおかしいんじゃないの?って、思われるかもしれない。
でも、僕は心の底からあさり君と友達になりたいと思ったんだ。
僕は意を決して、あさりに手を近づけてみた。
あさりは、そんな僕に気付いたのかベロのような足を出すと、そそくさと砂の中に潜ってしまった。
どうやらあさりにも僕は嫌われてしまったようだ。
まあ、丁度いいさ。そろそろ僕も大人にならなければならない年頃なのだ。
いつまでも、あさりと戯れているわけにもいかない。もちろん、自分の殻に引きこもっているばかりでは親にも迷惑をかけてしまう。
僕は思いきって、ひとりで生きてみることにした。まずは、色々なところを歩いてみよう。
そう思ったら、なんだか急に気が楽になってきた。
気が楽になってきたら、今度はお腹がすいてきた。
「あさり君、ありがとう」 僕に生きる力を与えたくれたね。
「あさり君、ありがとう」 僕もひとりでこの厳しい世の中で生きてみせるよ。
「あさり君もガンバって生きようね!」
まあこんな事、ツメタ貝の僕が言うのも何だけどね・・・
※ツメタ貝~あさりなどの二枚貝を餌とする、肉食の巻き貝の一種
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