第2話

しかし、どうしたものか。駐屯地の門を潜りながら、俺は行く先に迷っていた。この街は散々遊び倒したが、大隊長殿とご同行してとなると話が変わってくる。もっとも、さほど選択の余地があるわけでもない。酒が飲めるわけでなし、女を抱けるわけでなし、旨い飯を出してくれる店あたりでお茶を濁しておけば角も立たんだろう。そう思った瞬間。

「して、何処に連れて行って貰えるのかな?なんでも貴様はこの夜の街に精通しているそうじゃないか。何、秣の心配はせずとも良い。貴様も思う存分楽しみたまえ」

手を抜くなよ、と言わんばかりの鋭いその目つきに、背筋が凍る。そうだ。上官殿は常に最善を求められるのだ。期待に応えられるか否か、常在戦場たる大隊長と共にいるのだ、ならばこれも戦いに違いない。だがしかし、この界隈は俺の主戦場、勝てぬ戦ではない。いやむしろ、大隊長殿から白旗をもぎ取る、唯一の機会と言えよう。そう思った途端、心が熱く燃え上がるのを感じる。面白い、やってやろうじゃないか。

「おまかせください、最高の夜をご用意いたしましょう。さぁ諸君、我に続けパンツァー・フォー!」きっと今の俺は、あの大隊長のように大胆不敵な笑みを浮かべているに違いない。




 駐屯地を一歩出れば、そこには歓楽街が広がっている。本来の市街地からは大きく外れているが、荒くれもの共の周りには商売女が集まるのが道理、気づけば飲み屋街の一丁上がり、というわけである。尤も、私は普段、昼間しか通ることはない。以前よりマシになったとは言え、肉体年齢は未だ十一歳、夜は早いのだ。けれど、昼の盛り場は夜の幼女の如く、眠りの内にあるようなもの。その本当の姿を見れるというのは、それはそれで一興であるのだった。


 正直、第一印象は拍子抜けであった。しかしそれは、比較対象が間違っているとすぐに気付く。この時代、世界中の何処を探しても、あの懐かしき故郷の如く煌びやかな街はあるまい。とはいえ、未だ存在せざるものに懐かしさを抱くのも、世界中何処を探しても私くらいのものだろうが。全く何の因果でこのようなことになったのやら。いや、諸悪の根源ははっきりしている。かの大カトーに倣って言うならば、「ともあれ、存在Xは滅ぶべきであるCeterum autem censeo, praesentiaX essedelendam」。

 そうだ、そう思えばこの街の姿も、なかなか悪くないのではないか。人々が自由闊達たる精神を尊び、市場経済を回している。これこそ、あるべき人の姿。神は天にあれ、地上は我々のものだ。そう思うと、愉快になってきた。よし、ならば今宵はこの地上の楽園を満喫するとしよう。そうだ、彼に感謝せねば。最初は迷惑に思ったものだが、いやはや、偶にはこういうのも悪くない。

「して、何処に連れて行って貰えるのかな?なんでも貴様はこの夜の街に精通しているそうじゃないか。何、秣の心配はせずとも良い。貴様も思う存分楽しみたまえ」

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