しまった大賢者の時と違うから敵がこっちを殺しに来ない(何しろ殺したと思ってるからな)

「ねえねえ。あんたたちほどの魔法使いなら、術で探れないの?」

小路の一角。吟遊詩人が問いを投げかけた。

適当な商店に借りた部屋―――隅にはの棺桶がある―――で車座に座った一同は会議中である。まあやることがなくなったので休憩中、というのはあるが。

「……」

女賢者は頷いた。位置探知ロケーションの秘術ならば徒歩半日以内の場所にある、よく知っている物体を探し出すことが可能である。生首の状態で何日もランプの傍にいたのは僥倖と言えよう。どれくらいの情報を得られるかは探知する品物をどれだけ知悉しているかによって異なり、女賢者が奪われたランプを探す場合は方向が分かるだけだが。ちなみに、これが「自分の愛刀」や「仲間がいつも身に着けている甲冑」ならばどこそこの家の何階のどの部屋、まで正確に分かる。

現在ならば同じ都市内部である。使ってみる価値はあろう。

呪句を唱え、印を切る。万物に宿る諸霊は女賢者の願いを受け容れ、助力を与えた。

直後。

女賢者の意識の手は、目的の品へと届いた。


  ◇


黄昏よりもなお昏い、闇の奥底。

祭壇に安置されているのは、大きなランプである。黄金色に輝くそれは青銅で出来ているのだろうか。

その外側に張り巡らされている縄と、そして吊された札は呪符であろう。文言と図形で魔力を封じ込められたらそれらは、鳴子だった。魔法的な侵入者を拒絶するための警報装置。

今。その機能が活性化し、していくつもの魔法が目覚めた。


  ◇


「───?」

何と言うことのない魔法のはずだった。目標の方角は“なんとなく”伝わる。予感インスピレーションのようなものだ。魔法使いではない普通の人間に説明するのは難しいだろう。

それでも魔法は正常に働いた筈である。

なのになんだ。あちら側から伝わってくるこの感覚はなんだ。闇の向こうよりこちらに向かってくる怪物は一体なんだ!?

位置探知ロケーション対抗探知カウンターセンスによって強制的に掻き消され、さらには呪術的経路を伝い、強力な魔法が女賢者へと襲いかかった。


───GGGGGGOOOOOOOOOOOOOOOAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!


女賢者が正気に戻ったとき。

部屋の中央に浮遊していたのは奇怪な獣であった。目を爛々と輝かせ、頭部は狼に似ている。分厚い胸板と、両の腕からは恐るべき怪力が予想できた。

しかし、そいつが奇怪なのはそんな点ではない。

なかった。この怪物の下半身は、まるで虚空にとけ込むかのように見えなかったのである。

一本の体毛も、どころか皮膚すら持たず筋繊維が剥き出しのそいつは、女賢者をギロリ、と睨んだ。

「───!?」

女賢者が剣を掴んだのはほとんど反射的なもの。

振り下ろされた爪が、鞘に収まった剣へ激突。受け止めた女賢者はよろめいた。こいつは死にぞこないアンデッドの膂力を上回るのか!?

陽光の差し込まぬ部屋で、死闘が始まった。

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