小説をいつまでも書き上げられない人は駄目だと言われた(そういえばすぐ書き上がるはずの短編を2月からずっと続けて7章まで書いてるぞ?)

月光の下を突き進む者たちの姿があった。武装した騎兵たちの先頭を行くのは、兜で顔を隠した女人馬。その腰───下半身が馬なのに腰と呼ぶべきか謎であるが───より下げられているのは褐色の麗しい生首である。諦観の表情を浮かべた彼女は捕虜となった女賢者であった。

女人馬は彼女を殺さなかった。部下を殺さず、無力化するに留めていたからであるし、首なし騎士デュラハンについて知識を持っていたからでもある。首を奪われたこの不死の怪物は、首の持ち主に隷属せざるを得ないと言うことを女人馬は知っていたのだ。

女人馬たちは追撃者だった。部族───女人馬は族長の養女で、一族は皆人間らしい───の宝である呪物。強力な妖霊ジンが封じ込められた魔法のランプを盗み出されたらしい。

道すがら女賢者の話を聞いた女人馬は、自らの事情を説明した上でこう要求したのである。

「我らに助力せよ。盗人を共に追い、捕らえるのだ」

選択の余地はなかった。

今、女賢者の首より下は一行の後からかちでついてきている。身にまとうのは貸し与えられたマントのみ。隆起した地面に飲み込まれた荷物を掘り返す時間はなかったから仕方ないとはいえ。

一同は突き進んだ。


  ◇


「───これは」

酸鼻を極める光景だった。

大地にまき散らされているのはかつて人間や馬だったものの残骸。肉片。臓物。骨。血。それらのない交ぜが広がる様はまさしく屍山血河である。裂けた臓物から漏れ出た内容物。そして糞尿が醸し出す臭気は強烈だった。

徹底的な人体の破壊。

勇猛果敢な男たちも、これにはひるんだ。

「おのれ」

怒りを露わとすると、女人馬は兜の面覆いを跳ね上げた。凛とした声の持ち主にふさわしい顔立ちが露わとなる。麗人と言ってよい美貌であった。

一方の女賢者は、殺戮の現場を検分していた。あの丘を即席で作り上げたことから予想はしていたが、敵の実力は並大抵のものではあるまい。

されど、これほど強力な魔法を立て続けに行使した直後である。敵は消耗しているはずだった。

とはいえどちらへ向かったのやら。

と、よく見れば蹄の跡が一騎分、ずっと先へ伸びているではないか。

それを伝えられた人馬ケンタウロスの麗人は頷くと、命令を発した。

「お前ほどの術者であれば飛べるだろう?付き従え。

―――先行する!お前たちは後から来い!」

前者は女賢者。後者は部下たちへの指示である。

命令を受けた女賢者は呪句を唱え印を切った。形状変化シェイプ・チェンジの秘術が発動し、首より下がその姿を変えていく。

たちまちのうちに出来上がった新たなる姿は、鳥。標準的なものよりはいささか大きなフクロウとなった女賢者の胴体は、翼を広げると飛び立ち、先行する女人馬の後に続いた。


  ◇


「…………」

荒野を単騎で駆け抜ける者の姿があった。

なんとか敵勢より逃れた魔法使いの少女である。跨っているのは敵より奪った馬であった。この体勢であってもランプは大切に抱きかかえられている。

苦労して手に入れた品だった。遊牧民の部族に取り入り、信用を勝ち取り、隠された墳墓の場所を探し出し、ようやく機を見て盗み出したのである。この、強大なる魔法の品。神話の時代、太陽神に反抗したが故に封じられ、償いとしてランプを手にした者に奉仕することを命じられたという原初の妖霊ジンが封印された、真に力ある魔導の器のひとつを。

そのためならば殺しも厭わぬ。彼女は闇の魔法使いであるが故に禁忌など持たぬ。とはいえかなり魔力を使ってしまった。少女が支配下に置いている妖霊ジンもかなり力ある存在である。このランプに封じられているそれとは比べ物にならぬ小物であるとはいえ。力を行使するためにはかなりの消耗を強いられるのだ。

ひとまず、身を隠すのが賢明であろう。

目的地を定めると、魔法使いの少女は馬の尻に鞭を入れた。

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