第二話 こーひーぶれいく
恒例の問題(いつもの)
星明りが照らし出す谷川。
浸食が作り出したその地形は深く、両側は断崖ともいえる有様。右手を上っていけばそこには闇の種族の山城があった。
そう。あった。過去形である。つい今日の朝、日が昇るほんの少し前までは邪悪なる者どもがひしめき合っていた城塞も、今や生ける者は誰一人おらぬ。
にも関わらず、動く者はいた。
川の流れ。驚くほど冷たい中に立っているのは一人の女である。
麗しい女であった。褐色の肌に包まれた肉体は魅力的で、男を惹きつけて止まぬであろうことが容易に想像できる。一糸まとわぬ、非の打ちどころのない肉体。
首より下に限ればの話だったが。
首より上も醜いわけではない。むしろ美しい。整った顔立ち。蠱惑的な唇。長い黒髪。その瞳には優れた知性を感じさせた。
されど、首の上下がつながっていない、となればまた話は変わってくる。そう。斬首された姿そのままに起き上がった彼女は、死者だったから。
女賢者であった。
穢された肉体を清め終わった彼女の胴体は、傍らの岩の上に置かれた生首を手に取った。
血の気が引いていることを除けば、非の打ちどころもない顔立ち。悲しげな表情を浮かべるその美貌はしかし、もう死んでいる。
なのにどうしてまだ、自分は生きているのだろう。
女賢者はそんなことを思う。
人間のふりをすることはできる。魔法で首を繋げばよい。だがそれで生命が戻るわけではなかった。子も産めぬ。食事も取れぬ。安息の時は土の下にしかない。死したまま生きていかねばならぬのだ。
陽光に焼かれ、滅ぶことができていればどれほど楽だったであろうか。
しかし、己は存在し続けていかねばならぬらしい。太陽神の加護に焼かれなかった、ということはそういうことなのだろう。
女賢者は魔法使いである。だから神を信仰はしていない。されど敬意を持ってはいた。人の類の魔法使いは皆そうだろう。
やがて彼女は、水から上がった。
◇
―――きつい。
女賢者は強敵相手に苦戦を強いられていた。
体を締め付けてくるこやつはなかなかに曲者である。ともすれば致命傷を与えてしまいそうになる。
この、やたらときつい衣装は。
彼女が今いるのは山城に建てられた家屋の一室。首領だった
とはいえ人間と
しばし苦闘を続けた彼女は、やがて結論付けた。このままではどうやっても身に着けられない。仕立てなおす他なさそうだった。
傍らの椅子より自分の首より下を見上げている女賢者の生首は、ここで苦笑。
死んだというのに、ずいぶんと俗な悩みだ。まだまだ自分は大丈夫。こんなことで頭を悩ませる元気があるなら。
勇気づけられた彼女は、裁縫道具を探し出すべくそこらじゅうをひっくり返し始めた。
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