もふもふもふ(ふも)
女賢者は走る。山城の頂上、月光が照らし出す家々の合間を。
馬を優に上回る速度で彼女が駆け抜けた直後。
轟音。
彼女のすぐ後ろ。家屋が、潰れた。石で作られた堅牢な構造物が、まるで粘土細工であるかのように押し潰されていくのだ。次々と。どころか、追跡者は地上の状況に斟酌していない。逃げ惑う
女賢者の疾走はすさまじいが、それ以上に追跡者の一歩は幅広い。体格が違いすぎた。このままでは追いつかれよう。
ゆっくりと追いかけてくる
だから、女賢者は跳躍した。前方の建物を駆けあがり、そして振り返ったのである。
屋根の上に登ってすら敵の方がまだ背が高い。こちらの目線と敵の腹部がちょうど同じ高さなのだ。
破城槌すら凌駕する一撃が女賢者を襲う。その直前。
女賢者は、拾っておいた石礫を振りかぶると、全力で投じた。驚異的な膂力で、捕まえた
攻撃は見事命中し、まるで南瓜のように
視界を失った怪物は狙いを外した。女賢者をかすめていく致命の一撃。
生じた隙に乗じて、女賢者は詠唱を開始した。呪句を唱え、印を切り始めたのだ。
秘術が完成する。
とすっ
敵を仕留める好機を失った女賢者はそのまま屋根より転がる。一拍遅れて
◇
―――ちっ。厄介な。
彼女がいるのは屋根の上である。そこから
狙撃を恐れたか、敵は建物の合間に入ったようだ。こちらの視線より隠れる魂胆であろう。
大丈夫。問題ない。
◇
―――ああ。痛くない。
女賢者は、また一つ絶望を深くしていた。
痛みがないのだ。胸板を矢で貫かれたというのに!!
己が死んだという事実をまた突き付けられた。貫かれているというのに何の差し障りもなく動くこの体。化け物に成り下がってしまった。死ぬことすらできぬ体へと。
だが、悲嘆に暮れている暇はない。背後より
厄介だった。実質的に現状、脅威はふたつ。
―――いっそ、
家々を遮蔽物として接近すれば可能なはずである。奴からはこちらの正確な位置は見えまい。
狙撃手への攻撃を決意した時だった。肩口に矢が突き立ったのは。
―――え?
弧を描くように曲射された攻撃が真上から襲って来たのだ、と悟った時にはもう。
第二射が足に突き刺さっていた。つんのめり、転倒する女賢者。
背後を振り返った彼女は、見た。
逃げ場は、ない。
◇
―――うまく行った。
建物越しに敵を注視した
奴は必死になって転がり、攻撃を避けているようだがもはや時間の問題であろう。このまま
とはいえ敵は魔法使い。時間を与えれば何をしでかすか分からぬから、彼女は再び弓を引いた。そのまま斜め上方に矢を放つ。
はたして。
矢は、首のない褐色の女体。裸身のそれを貫く。
その瞬間を、
射貫かれた女が、その場で霞のように消失するのも。
「……なっ!?」
―――
回答は、背後より与えられた。
振り返ろうとする
魔法で作りだした
寒気のするような低音とともに、頸が砕けた。
―――馬鹿な……
◇
朝日が昇る。
誰一人として生きる者の無くなった山城。その東の斜面で、女賢者は待っていた。太陽神の慈悲が与えられる瞬間を。死した己の魂が救済されるその時を。
草地に横たわる褐色の女体と、その傍らに置かれた麗しい生首は、最期になるであろう朝日が昇る瞬間を目の当たりとした。
強烈な―――本当に、これまで感じたことのないような凄まじい不快感が、彼女の疲弊しきった魂魄を打ちのめす。
されど。
悪しき者を焼き払うはずの陽光は、女賢者を焼かなかった。
「……ぁ……ぁ……」
―――ああ。神よ。貴方は、私に生きろ、とおっしゃるのですか。
双眸よりあふれ出したのは涙。
いつまでも、女賢者は太陽を見つめていた。
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