寝過ぎです(寝過ごし)
目が覚めた。
―――どこだろう。
剣士の視界にはいったのはまず、知らない天井。初めて見るものだった。
次いで、体にかかっている毛皮。こちらは手触りは覚えがあるものの、やはり見たことがない。
そこまで思考したところで、己が先ほどまで盲人だったことを思い出す。
ようやく合点が行った。ここは廃屋なのだろう。ここしばらくずっと暮らしていた場所。自分はまだ生きている。光も戻った。子供たちがうまく応急手当をしてくれたのだろうか。
体はまだ十分に動かない。休息が足りぬのであろうか
それでも動こうとして、横へ視線をやる。
目が合った。
そこにあったのは美しい顔立ち。黒髪に、綺麗に切りそろえられた前髪を持つ女の首が、そこにはあった。
首だけが。
彼女は優しく微笑むと、口を開いた。
「……ぅ……」
声は聞こえぬ。だが、剣士は彼女の事を確かに知っていた。初めて見る顔。されど、知っているひと。
―――ああ。これは夢なのだな。
そんな事を思う。何故ならば、死んだ人が笑顔など浮かべられるはずなどなかったから。
それでも、幸せな気持ちになれた。
最後に彼女と会えたのだから。
夢枕に立ってくれた女武者に感謝の気持ちを捧げつつ、剣士は再び眠りに就いた。
◇
「ねえ。おじちゃん助かる?」
「……ぉ……」
不安そうな妹に答えたのは女武者の生首である。
妹と女武者の視線の先には、床に寝かされた剣士の姿があった。
重傷だった。
脇腹を貫かれ、そこかしこに刀傷がある。それらはしかし、治療の痕があった。お世辞にも上手とは言えなかったが、すり潰した薬草を塗り付けられ、縫い合わされ、あるいは包帯で止血されていたのである。兄妹が施した応急処置であった。
戦いのあと。外に出てきた兄妹は、まず女武者の生首を掘り出した。彼女の指示を仰ぐためである。
ふたりは驚異的な働きをしてのけた。女武者の胴体を埋葬し、骸骨兵にぶちまけられた鶏の血を洗い流して復活させた。骸骨兵が家の中に運び込んだ剣士を寝かせ、寝汗をふき取った。火を起こし、自分たちの食事を作った。それらの作業を幼い兄妹はやってのけたのである。
「終わった」
外から入って来たのは兄だった。彼は、骸骨兵が山賊どもの死体を外へ運び出した後。家の中を綺麗に清掃していたのだ。窓も開け、風を通した。衛生面で不安があったからである。
「……ぁ…」
女武者は二人を労った。十分にできることはやり尽くしたといえよう。
だから、彼女は兄妹へと二つの事を命じた。
休むことと、己の首を剣士の枕元に置くことを。
子供たちは指示に従い、毛皮にくるまって眠った。
◇
剣士が再び目を覚ました時、そこには誰もいなかった。
「―――やはり、夢か」
身を起こした時。彼は、全身の傷が塞がっていることに気が付いた。驚くほどに手際の良い医療の術。子供たちには不可能であろう。一体だれが。
不思議に思いつつも立ち上がった彼は、廃屋の中に誰の気配も感じぬことに気が付いた。
庭へと出てみる。
そこに在ったはずの山賊ども死体はひとつもなかった。あれだけの数である。子供たちだけでは片づけられぬはずだったが。
家の中を探し回るが、人っ子一人おらぬ。いや。誰かがいた、という痕跡すら発見することはできなかった。
「……一体、これは」
夢で女武者の生首を見たところまでは覚えていた。だが、そこから先は全く分からぬ。
まるですべてが夢の中へと消えてしまったかのようだった。されどそんなはずはない。
とぼとぼ、と、眠っていた部屋へと戻る。そこにあったのは、先ほどまで被っていた毛皮。自らの刀。
そして、先ほどは気づかなかったものがひとつ。部屋の隅に置かれた皮の包みと、その上に置かれた手紙を剣士は見つけた。
拾い上げ、手紙を検分する。
女武者からの手紙だった。
―――己が死者であること。この姿で怯えさせては申し訳ないから、先に旅立つこと。自分も子供たちも無事であるということ。ささやかながら礼として、いくばくかの呪物を進呈する、ということ。それらが、随分な達筆で樹皮に刻まれている。
手紙を読み終えた剣士は、廃屋の入り口まで飛び出した。
外へと通じる門。森へと続くそこまで来た剣士は、もはや去った女武者と兄妹たちへ。二度も命を救ってくれた恩人たちへ感謝を捧げるべく、頭を下げる。
天高くより、太陽神はその様子を見守っていた。
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