首が痛いので切断したい(死ぬって)

「……ぁ……っ!?」

枝のしなりによって宙づりとされた姫騎士。だが、それだけならば致命的ではなかった。何しろ彼女の怪力ならば、縄を引きちぎる事は出来る。この高さから落ちたところで死ぬわけでもない。

槍を取り落としたのも問題ない。

だから、彼女が危機感を覚えたのは別の事。

手放してしまった生首。己の急所が、勢いによってあらぬ方向へと飛んでいくのを彼女はただ、呆然と眺めていた。

取り返して以来、少年にすら預けたことがない己の頭が。

ああ。待って。私の首。行かないで。ああ。ああ!?

恐怖が蘇ってくる。闇の魔術師によって支配されていた時の記憶。魂を拷問された時の記憶。暗闇の中、宝物庫の奥に封じられていた時の記憶。それらすべてが。

―――ああ。あああああ。いや。いやだ。私の首。返して。いかないで。

生首は無情にも、姫騎士の視界より飛び去って行く。

―――いやああああああああああああああ!?

姫騎士は、恐慌状態に陥った。


  ◇


森が、揺れる。

規則的な振動。木々の向こうから現れるそいつらの姿に、神官戦士は戦慄を隠せなかった。

闇の合間から現れたのは、頭部から小さな角をはやした小ぶりの頭部。

小屋ほどもある巨体のそいつらは、巨鬼オーガァ。人の類の肉をむさぼり喰らうのを好む、邪悪なる闇の種族である。

破城槌でもなければダメージを与えられぬ怪物が、それも一匹だけではない。多数出現しつつあった。

1対1ならば神官戦士でも倒せるやもしれぬ。彼には火神の加護があるから。だがこの数が相手では、いずれ力尽きるのは必至。

となればこの状況で当てにできるのは姫騎士だったが、彼女の生首はどこかへと飛び去り、そして姫騎士は空中で狂乱したかのように暴れまわっている。あれでは役立つまい。

かくなるうえは、死するまで戦うのみ。

覚悟を決めた神官戦士。武装を構えた彼の前で巨鬼オーガァどもは止まると、手にした棍棒をこちらへ向けてくる。

その時だった。

「ほぉ。私は運がいい。首なし騎士デュラハンを手に入れられるとは。まさしく神のご加護」

ひとの声。

木々の向こうからしたそれを聞いたか、巨鬼オーガァどもが道を開ける。

闇の帳から現れたのは、尖った耳に銀の髪。そして、漆黒の肌を持つ長身の男だった。

「―――闇妖精ダークエルフ……!」

ローブに身を包んだ男。そこに描かれた文様と、首から下げている聖印は、彼が暗黒神の高司祭であることを示していた。

高司祭が手にしているのは銀の短剣。

そして、反対側の手で抱えられているのは、麗しい黒髪の生首である。

神官戦士は知っていた。首こそが首なし騎士デュラハン最大にして唯一の急所であるということを。

首を奪われた首なし騎士デュラハンは、相手に服属するより他ないのだということを。

恐怖に表情を歪めた生首。姫騎士の顔は、救いを求めるように神官戦士を、見た。

とはいえ、神官戦士にはどうする事もできぬ。銀は魔力を打ち破る。すなわち眼前の高司祭は、姫騎士の首を人質に取っているのだから。

「ふむ。よい趣向を思いついた。

首なし騎士デュラハンよ。そこの岩妖精ドワーフを捕らえよ」

高司祭の言葉。それに、神官戦士は後ずさった。

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