残念ながら平和なエルフの村を突如襲ってくるオーク軍団はいない(くっころにいわゆるオークはおらんから……)

夜の大森林。

鬱蒼と茂る枝葉の下を進む二つのひとかげがあった。

一つは矮躯。完全武装に髭もじゃの顔だちをした神官戦士。

一つは長身。背に荷物をくくりつけ、片手には槍。反対の腕には麗しい生首を携えた裸身には、首がない。姫騎士である。

元より死者とそして火神の神官である。夜間の行軍はお手の物だった。彼らが進む先は元来の目的地である。少年らもそこへ向かっているはずだから、いずれ合流できるはずである。

黙々と進むふたりであったが、やがて岩妖精ドワーフの神官戦士は口を開いた。

「酒があるといいのう」

「…ぅ」

「ええい、不便じゃの。歩いとると唇を読みとりにくいぞ」

「……ぁ…」

「なに?そんなこと言われても知らん?」

「…ぉ……」

「ええい、やはり討ち果たしておけばよかったわい」

「…ぉ……ぁ…?」

「冗談じゃ」

憎まれ口を叩き合う、因縁の二人。

されどそのものごしにはすきがない。ここは闇の種族が闊歩する危険地域である、ということをよく承知していたのだった。

だから、ふたりが次に起きる出来事を予見できなかったのは、彼女らの責任ではない。

姫騎士が、設置されていたブービートラップを踏み抜き、そして足を縄に囚われて宙づりになった時ですら。

「な―――!?」

突如空中へと引きずりあげられていった姫騎士に神官戦士は驚愕。まさかこのような手で不死の怪物が無力化されるとは!?

死者は死なぬ。されどそれは、死ぬような攻撃でなければ不死の魔法によって阻止されぬ、ということでもあった。

空中と地上。上下に分断された両名。

その周囲で、多数の気配が蠢いた。


  ◇


爽やかな風の吹き込む空間であった。

白亜の壁。不可思議な金属で装飾を施された柱は豪奢である。円形の窓であり、出入り口でもある壁の穴からは陽光が差し込んで来る。

草木が複雑に絡まり合って作られた不可思議なベッドに横たわるのは、一人の男。

まだ若く見える。尖った耳を備えたこの美青年は、森妖精エルフ族たちの族長だった。永遠の命を持つ彼の顔色は、悪い。浮き出ているのは死相であり、どころか黒い斑点のようなものが浮かび上がっている。

病床の身なのは明らかであった。

「―――親父」

部屋の入口。枝葉のベランダより中を覗き込んだ旅人は、声を漏らした。寝込んでいるのは彼女の父親なのだ。

「それ以上入ってはいかん。お前も病に冒されるぞ」

族長に近づこうとする旅人を押しとどめたのは兄である戦士の長。今は彼が実質的な族長代理であった。

部屋の中では木で作られた人形が忙しく動き回り、病人を看病していた。魂を持たぬ魔法生物なのだ。病にかからぬ彼らが看病を担当しているという。聞けば、樹冠都市のそこらじゅうで似たような光景が繰り広げられているそうな。

戦士の長は、傍らの人物。人間族であり、外の世界より訪れた魔法使いの少年へと視線をやった。

「あれを、治せるのか?」

「やってみなくては分かりません。できる限りのことを教えてください。その後、治療に取り掛かります」

「分かった」

三人は、ひとまずこの場を離れた。


  ◇


樹冠都市を襲った呪いの疫病の特徴は幾つもあるが、そのうちのひとつが強い感染力を備える事だった。空気を媒介としてもうつるのだ。もちろん触れても。あるいは、罹患した者の体液。汗や唾液などでも。

かかった者は、急激な高熱を発し、長い時間をかけて苦しみながら死ぬ。全身に黒い斑紋を浮かび上がらせながら。

そのほか、病気の概要を聞いた少年は頷くと、幾つかの品物を要求した。

「そんなもの、どうする気だ?」

怪訝な顔の長。彼へと、少年は答えた。

「病魔を捕らえ、します。奴らの弱点を吐かせるんです」

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