例によって誰得なんだ(仕方ない)

夕闇に包まれつつある川岸。木々の梢が垂れ、影を落とすその場所に流れ着いた大きな物体があった。

半ば水没したそれは、皮でできた舟。それは最後の浮力で岸にぶつかると、裂けた。ボロボロになった構造が耐えられなかったのだ。

唯一の乗員はそこから投げ出され、水を盛大にかぶるはめになった。まあ既に全身びしょぬれだから、あまり変わりはなかったが。

悪態を付きながらも起き上がった彼。鎧兜に身を包んだ岩妖精ドワーフの神官戦士が岸に上がろうとしたとき。

差し出されたのは、何も身に着けておらぬ繊手。

視線を動かす。手首。腕。肩。柔らかな乳房が見え、そして首―――がない。

見覚えのある断面に、神官戦士は苦笑。

「やれやれ、よりによってお前さんか」

「……ぅ……」

小脇に生首を抱え、傍に槍を突きたてた裸身の死にぞこないアンデッド

姫騎士だった。

「他の皆は?」

「…ぁ……」

「そうか。無事を祈るしかないのう。

まぁまずは自分たちの事じゃ。手伝ってくれ。残った荷物を引き上げにゃならん」

「……ぁ」

姫騎士は神官戦士を岸へ上げると、沈んだ舟へと飛び込んだ。


  ◇


「……ふう、意外と冷えるわい」

「…ぉ………」

「酒が残ったのはありがたいがの」

「……ぅ…」

「何?お前さんも昔は大酒のみじゃったか」

森の中。

裸身を晒した姫騎士と、腰布一丁となり水袋の中身をちびちびやる神官戦士。二人は火を挟み、体を温めていた。荷物や衣類は広げ、あるいは木々にぶら下げて乾かしている。

ふたりの前にはグツグツと煮える鍋。中には残った保存食がぶち込まれ、いい匂いを醸し出していた。どうせ水没してしまったものである。急いで食べないとだめになってしまうから、景気よく残ったすべてを鍋に投入したのだった。

「…ぉ……」

「何?ああ、わしの武装は防腐プリザベーションの加護が付与してあるからの。錆はせんよ」

「……ぁ……」

「うらやましがられても、お前さんの武装に付与したところでたちまち消えてしまうからのう」

水没した武装が大丈夫なのか、と聞く姫騎士への神官戦士の答えである。

神はこの世の理の外に住まう者には加護を与えない。不死の怪物である姫騎士の鎧は骨と皮から作られているが、それは盛大に水を吸い込んだ結果、駄目になっていたのだった。最も、武装ではなく手で持ち歩く程度であれば加護が消えることはないようだが。こればかりは実例が少なく正確な所はよくわかっていない。

それ以降、黙りこくってしまう二人。

あの戦いの後。

姫騎士は、敵勢の残党を撃退した。おかげで神官戦士は逃げ延びられたわけだが、舟から投げ出された他二名―――少年と旅人の行方は分かっていない。本来であれば急いで探しに行かねばならないところではあるが、姫騎士はともかく神官戦士の肉体的疲労が限界に達していたために野営と相成ったのだった。

幸い少年は位置探査ロケーションの魔法を使える。術者のよく知る物体を探し出すこの魔法は徒歩1日以内程度の距離で、魔法的に隠されていないものであれば有効である。無事ならばあちらからこちらを見つけてくれるはずだった。

だから、まず合流するべきは少年であろう。旅人はその後でも見つけられるはずである。

姫騎士は、傍らの枝にひっかけた自らの鎧を見上げる。

皮と骨で出来たそれは水を吸い込んで駄目になっているが、少年がこれを焦点に位置探査ロケーションの魔法を使うことは十分考えられたから、捨てるわけにもいかぬ。困ったものである。

まぁ、収穫もあった。

小鬼祈祷師ゴブリンシャーマンから奪った槍に目をやる。

どうも森妖精エルフ族が作ったらしいこれは、強力な魔法が付与されていた。鎧ごと姫騎士の胸を穿つほどの威力。素晴らしい。

己に姫騎士は苦笑。死んでいてもこういうところは治らないようだった。仲間が二人、行方知れずだというのに。

もっとも、こういう場合あまり気に病んでも仕方がない、ということを彼女は知っていた。結局最後は神々の手に委ねるしかないのだ。光の神は彼女に手を差し伸べてはくれないとしても。

やがて、料理が出来上がり、神官戦士はそれをむしゃむしゃと食べ始めた。

姫騎士はそれをただ、眺める。

森の奥。

そんな二人を監視する目があった。

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